小橋対秋山

地上波観戦。トロフィーに寄りかかる小橋が、力道山に見えた。

小橋はその成長過程において、海外遠征という「飛び級」を使わなかった。小橋がまだ若手でシガケンみたいな体をしていたちょうどその頃、ジャイアント馬場が「海外のプロレスに学ぶものはもはやない」と判断したからだ。普通は半年か1年、海外武者修行と称してアメリカなりメキシコなりカナダなりを転戦してくれば、線の細い若手のイメージは払拭され、一回り大きなスケールのレスラーとして日本のファンの前に再登場できる。海外遠征とはイメージを売るプロレスラーという商売には非常にお得な伝統的飛び級手段であり、新日本プロレスなんか最近でも時々やっている(それにさえ失敗する飯塚のようなどうしようもないやつもたまにいる)。

小橋が海外に行かなかったことがよかったのか悪かったのか、オレには判らない。ただ確かなのは、ジャイアント馬場がその全てを注ぎ込み、丹精込めて育てあげたプロレスラーは小橋建太ただひとりであるということだ。

ジャンボも三沢も海外へ行った。ジャンボはファンクスを師匠に、垢抜けたプロレスとドライなビジネスセンスを身につけて帰ってきた。三沢はメキシコでルチャのムーブを身につけ、二代目タイガーマスクとして帰ってきた。2人とも、馬場のもとでは学べなかったものを海外から得てきたのだ。天龍や田上は大相撲出身で、馬場が100%作りあげたレスラーではない。でも輪島のことはかわいがってたっけな。川田は、あの人は馬場さんに嫌われてたのではないかと思われる節がある。馬場は秋山に、「川田を見てみろ。蹴りを使う試合は汚いだろう」という言葉を残しているからだ。あんたも16文キック使うやんけ、と秋山が思ったかどうかは知らない。

しかし小橋はずーっと馬場の下で育った。全日入団前の小橋は京セラの社員だったのだが、京セラを捨ててまで全日に入っただけあってやる気充分、馬場のプロレス哲学をどんどん吸収していった。海外にも行かなかったので、ファンは小橋の成長過程をすべて、あますところなく見ることができた。ハンセンとやれば5分で負けていた小橋が、やるたびに少しずつ接戦に持ちこむようになり、ついにはハンセンを倒すまでをオレは見た。

余談だが、この過程で絶妙だったのはラリアートの決め方の変遷であった。最初の頃はハンセン師匠、ウィーッつって小橋をロープに飛ばして余裕たっぷりにラリアートを決めていたのだが、小橋はじきにそれを喰らわなくなり、ハンセンはロープに振らず予告なしのいきなり抜き身のラリアートで小橋を仕留めたものだ。そんな調子で以後のハンセンはいきなり右腕でのラリアート、コーナーからショルダータックルで飛んできた小橋にカウンターのラリアートムーンサルトしようとコーナーに上った小橋にエプロンからラリアート(小橋はトップロープから落下)、ラリアートを見事かわして小橋がホッとしたところに間髪入れずすぐラリアートなどなど、あの手この手でラリアートを決め続けた。徹底してラリアートにこだわったハンセンも立派なら、そこまでハンセンを引き出した小橋も立派であった。だから小橋がハンセンにはじめて勝ったときは感動したよ。

結局、小橋のプロレス人生はそういうことの積み重ねなのだ。その少しずつの積み重ねをずーっとファンの前で見せてきたこと、それが小橋というレスラーの最大の美点なのだ。これも余談だが例えば中西学というプロレスラーは、1日だけフロリダに住むカール・ゴッチを訪ねてお茶を飲んできただけで「オレはゴッチさんからジャーマン・スープレックスを伝授されたんや」と称し、帰国後しばらくはそりゃもうはりきってヘタなジャーマンを使っていたものだ。しかしそういうメッキでファンは騙されない。結局、ファンに愛想を尽かされる前に高山善廣とジャーマンの使い手決定戦をやらされて中西は負けたのだが、今考えるとあれは一種の中西救済処置だよなあ。

元来小橋は別に面白い人ではなかった。変わった人でもなかった。そういう意味ではアクの弱いレスラー、レスラーらしくないレスラーである。コメントだって面白くない。ところがこの試合の小橋はどうだ。「絶対王者」とは誰が言ったか知らないが言われてみれば確かに聞こえる絶妙のニックネームである。マイクを向けられて「プロレスやっててよかった」なんて、相変わらず面白くもなんともないコメントだ。それなのにその一言がオレの十数年の記憶と想像力を勝手に刺激して、なにやら勝手に感動するようになってしまっているのである。「プロレスに命を懸けてますから」なんて小橋が言うもんだから、いや小橋さんそろそろホントに死んじゃうから懸けないほうがいいんじゃないですかと本気で思った。こんなこと、プロレスでしかありえない。こんな感情をK-1が生めるか。サッカーが生めるか。野球が生めるか。いや野球はなんだか生めそうだな。とにかく、別に面白くもなんともない普通の人が本物のプロレスラーになるためには、ここまでしなければならないのだ。秋山もたまったもんじゃないよなあ。

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