DVD「タイガーマスク」中間報告

第55話 「煤煙の中の太陽」

全105話だから、もう半分を過ぎたことになる。この回から知ってる人は知っている、女性コーラスの悲壮感溢れるあの名曲BGMが登場。この曲は最終話近くになると、ただならぬ効果を上げることになる。

今更言うまでもなく第一級の社会派アニメーションである「タイガーマスク」だが、この回は凄かった。高い志を持って泥沼のような現実と闘ったアニメーションが、かつての日本に存在したことを記しておく。

巡業で三重県四日市市を訪れた日本プロレス協会一行。列車を降りて四日市駅に降りたつやいなや、あまりにひどい大気汚染に驚いた若鷲・坂口征二が無邪気に言う。

「うわーひどい空気だ。先輩、こんなひどいところでは立派なファイトができないですよ!」

まあそこは馬場と猪木が「それでもいいファイトをするのがプロだ」とかなんとか諌めるのであるが、常に曇天のうえ煤煙がたちこめる灰色の四日市市の描写はもの凄い。

さて四日市の孤児院「あすなろ院」では夜ごと四日市喘息に苦しむ幼き少女を救うべく、少年がコンビナートの高い高い煙突に登りはじめた。彼は少女のために、煙突の上から叫ぶのだ。

「この煙突の煙を止めるんだ! ずっと煙を出さないって約束してくれなきゃ、煙突から降りないんだ! この煙突だけじゃない、あの火を吐く煙突も、あの白い煙を吐く煙突も、あれも、これも、あいつも、みんななくなってしまえばいいんだ! なくなってしまえばいいんだよ!」

地上から少年を見上げ、どうすることもできない大人たち。彼らもみな公害に苦しみ公害と闘い、挙句闘いに疲れ果てた無力な人々だ。狂った老婆がやってきて叫ぶ。

「ヘッヘッヘ、登ってる登ってる、また馬鹿が煙突に登ってるわ! あんなことをしても、わたしの息子は戻ってこない、ヘッヘッヘ」

絶望的に笑う彼女が背負う棺桶には、かつて息子の亡骸が入っていたのであろう。公害に息子を奪われ、精神に異常をきたした彼女もまた公害の犠牲者だ。

現場に駆けつけたタイガーは、煙突に登り少年の説得を試みる。この説得は絶望的だ。公害は、いちプロレスラーにすぎぬタイガーマスクの手に余る問題である。彼ほどのヒーローにも、どうすることもできないことがある。

「降りるもんか、あの煙がなくなるまでは、降りるもんか!」

「どうすればいいんだ、リングではどんな大男も投げ飛ばすこのオレが、この少年をどうすることもできないとは!」

困り果てたタイガーは、少年に「煤煙も届かない丘の上に新しいあすなろ院を建てる」という出来もしない約束をしてしまう。この約束に手放しで喜ぶ少年。かたやタイガーは少年から、四日市の人々から、新聞記者たちからウソつきと罵られる悪夢にうなされることに。

物語の結末(この大騒ぎを受けた市議会がいきなり院の移転を可決)は甘すぎるきらいもあるが、タイガーマスクが感じた無力感は本物である。孤児院の子供たちは救われても、四日市に住む市民たちの苦しみは終わらない。ラストシーン、あすなろ院の子供たちと丘の上から煤煙に煙る四日市を見下ろすタイガーの独白。

「公害という名の怪物に蝕まれている四日市。この公害の街に青い空と澄んだ水を取り戻すために、我々は立ち上がらなければならない。すべての市民の人々が明るい笑顔を甦らせ生きることの素晴らしさを感じるのは、いったいいつのことになるのだろうか」

この回の放映は1970年10月。同年の9月には、四日市市公害病認定患者は500人を突破していた。