「講道館柔道対プロレス初対決―大正十年・サンテル事件」

講道館柔道対プロレス初対決―大正十年・サンテル事件

講道館柔道対プロレス初対決―大正十年・サンテル事件

大正10(1921)年に靖国神社で行なわれた柔道対プロレスの異種格闘技戦を様々な角度から検証。これが実に面白かった。
当時のプロレスはガス灯時代。言うなれば「興行化されたアマレス」、胴絞めだのヘッドロックだので延々3時間とかやってた時代である。同時に、八百長も存在していた。本書の靖国での試合においても、興行師と双方の選手たちが「ガチでやる? それともヤオでやる?」とざっくばらんに相談するゴキゲンな会合が少なくとも一度は持たれたそうだ。
正直言って、当時のレスラー・柔道家たちがヤオという概念に対して極めて常識的・理性的に対応できていたことに、オレはちょっと感動した。現代の格闘技界に蔓延するガチ礼賛主義を、少々息苦しく思っていたのだ。
興行師側の案かサンテル側の案かは残念ながら不明だが、会合において提案された八百長案とはこうだ。一回25分(インターバル5分)の三回戦において、はじめの一回戦は真剣に闘って勝敗を決する。そこで勝った者は二回戦を負けてやり、三回戦目は引き分けにする。
これは実にすぐれた案だと思った。これなら双方の面目も立ち、観客も盛り上がる。この案を、柔道側のある者は承諾し、ある者は蹴ったという。蹴った場合はガチになるわけだ。
この「ある者は受け、ある者は蹴った」という柔道側の懐深い対応にもオレは感心した。皮肉でも嫌味でもなく、これは成熟した大人の対応だと思う。ガチ坊やには判るまい。いいんだよそんなもん興行なんだから、八百長ぐらいでガタガタ言うんじゃないよ。
まあ別にこの本は異種格闘技戦のヤオガチのみを語る本ではなく、当時の講道館嘉納治五郎の対応、この試合以降他流試合を禁じ、武道からスポーツへ移行していった柔道の発展史、柔道とプロ興行の考察など、あれこれ考えさせられる材料が山盛りであった。著者の丸島隆雄は「前田光世 世界柔道武者修業」という本も書いているので、こちらも読んでみようかと思う。