柔道と柔術の現在

ちょっと古い話ですが、気になっていた現代柔道とブラジリアン柔術の邂逅について。

こないだやってた第3回柔道ワールドカップの日本代表チームは、今年5月のブラジル合宿でブラジリアン柔術の若手と寝技の合同練習をしていた。これについてはスポーツ紙やフジテレビの煽り番宣でもとりあげていたので、プオタ及び格闘セレブの諸兄はすでに御存知のことと思う。

CXの「すぽると」だったか煽り番宣だったかでその模様を観た。斉藤仁監督率いる全日本チームであるところの野村忠宏たちド強い現役(げんやく)柔道家たちが、なんかグレイシーステッカーをベタベタ貼ったような派手な柔術着を着たブラジル人柔術家にいとも簡単に十字やチョークをとられまくっていた。皆さん、たいへん悔しそうにしていた。とにかく非常に意義のある練習のようだった。

まず言っておかねばならないのは、これ柔術との技術交流を目的とした合宿なので、選手たちは当然「相手に何もさせない」ようなガチガチの姿勢ではなく、グレイシーのお手並みを拝見したいのでどんどん攻めさせたに相違ない。そもそもスパーリングのルールも柔術のものだろう。その結果のタップ連発であるから、これをもって柔道と柔術の優劣を論じられるようなものではない。CXの放送では柔道選手が慣れない柔術の技にコロコロ負けているような編集をしておったが、それはその方が面白いからであって、実際どうだったのかはよく判らない。

しかしオレが知りたいのは「実際どうだったのか」「柔道家は、柔術家はどう感じたのか」なのである。こういう時は演出意図のバイアスがかかっているテレビは役に立たない。ネットで調べてもよく判らなかったのだが、野村忠宏選手のブログにはこうあった。
http://nomuratadahiro.seesaa.net/article/17575662.html
五輪三連覇キメてる現役(げんやく)柔道家が「まーひと言で言ったら強かったです!!」と言っているのだから、やはりブラジリアン柔術も大したもんなんだろう。

ここで思い出されるのは、初期UFCで勝ちまくっていたホイス・グレイシーをビデオで観た古賀稔彦の言葉(ソースは昔のゴン格)。

…レベルが違うよなあ。これだったらヨーロッパの柔道やっている奴のほうが全然強いわ。
…これだったら、楽勝じゃん。
…打撃がないということであれば、他の柔道の寝技が得意な選手を出しちゃっても全然。
…しかしこれはレベル低いな、笑っちゃうぐらい。

当時のオレは大多数の格闘技ファンと同じく、何でもありにおけるブラジリアン柔術の戦法、いや戦法というより「考え方」といったほうが的確だが、これの有効なことにショックを受けていた。だからそれを笑うような古賀の言葉に驚いて、もしかして古賀って死ぬほど強いんちゃいますのん、いっそ抱いて! とゴキゲンな幻想を無邪気に膨らませたりしていた。

しかし、今なら判る。きわめて規制のゆるいルールのうえ柔術知らずの金魚ちゃんだらけの水泳大会であった初期UFCにおいて、ホイスとて持てる柔術テクニックのすべてを華麗に駆使して勝っていた訳ではなかった。マウントポジションという概念さえ知らなかった対戦相手たちは、転がしちゃえば新弟子以下だっただろう。そんな管理の杜撰なサファリパーク状態の試合を競技柔道を極めた古賀が見たとき、レベルが低く見えたというのはいかにもありそうな話である。古賀は正直に感じたままを言っただけで、それも確かにひとつの真実の言葉ではあるのだが、これをド素人であり格闘セレブである我々が鵜呑みにして「柔道は強い。柔術はシャバイ。プロレス? UWF? ククク… 何 それ…? …死ぬな お前…!」などと思ってはいけないのだ。そして逆もまた真なりである。

まあとにかく、何でもあり初期においてブラジリアン柔術の思考方法の優位性は圧倒的であった。これを他の競技出身の格闘家たちが克服し、自分の持つ本来の技術を柔術家相手に使えるようになるまで10年以上の歳月を要したのだ。いやホント大したもんですよ。そして現代の柔道家たちがブラジリアン柔術の寝技を学んで柔道に生かすような形の交流が行なわれること、これはやはり素晴らしいことだ。美しいことだ。ブラジル合宿を企画したのが斉藤仁監督なのか誰なのか知らないが、拍手を送りたい。

いつかの大晦日ホイス・グレイシー吉田秀彦をケチョンケチョンに懲らしめたのも、嘉納治五郎前田光世グレイシー一家、木村政彦、これら歴史の系譜の中に並べられるべき意味あるひとコマなのだ。そして先日行なわれたアントニオ・ホドリゴ・ノゲイラジョシュ・バーネットの試合も、長い長いレスリングの歴史と柔術の歴史の果てに咲いた美しい花なのである。「その時歴史は動いた」とNHKは言うけれど、今現在も刻々と動き続ける歴史の中を我々は生きている。あー、世界のあれこれは全部繋がってることよ! 学校の先生は、どうしてこういうことを教えてくれなかったのかなあ。