「1976年のアントニオ猪木」

1976年のアントニオ猪木

1976年のアントニオ猪木

読了。メチャクチャ面白い本だった。新間寿宮戸優光あたりの発言を真に受けたままずいぶん断定的に突っ走っているのがやや気になるが、力あるノンフィクションである。プロレス村の外にいる真面目なライターさんが魑魅魍魎渦巻く魔界に挑んだ本としては、たいへん評価できる内容。ただ、文学としてはかなり不満が残る。
オレは著者が1976年当時に何を思い、何を感じていたかを知りたかった。1976年、著者は16歳。猪木を知らなかった筈はないのだ。資料から再構成した歴史は冷たい。当時を知る人の証言は熱を宿すが、それを並べる著者の姿勢は冷徹で、どこか他人事だ。オレが読みたいのは記憶、それも極めて個人的な人生に絡む記憶を読みたいのだ。たとえて言うならば、村松友視が幼き日に目撃した巨大な黒い影(力道山)のような記憶を。「1976年のアントニオ猪木」は、あと半歩のところで血の通う文学になり損ねているような気がする。要するに「お前はどうなんだよ、はっきりしろよ!」ということだ。しかしまあ、極めて重要な本であることに間違いはないので皆さん読むように。