田村潔司vs船木誠勝

先日後楽園ホールで「夢☆勝ちます」、じゃなかったさいたまSAで「DREAM.2」が行なわれた。MMAとか格闘技とか正直どうでもええねんと思っている僕ちゃんが気になるカードといえば、田村潔司vs船木誠勝しかない。
この試合に関連して思うことなど、とりとめもなく。
試合に関しては、id:Nakamyura:20080501で書かれている通り。バード(I編集長用語で言うところのMMA)においては、船木さん自身の美意識が船木さんを縛っている。もしかしたら、美意識を捨ててなりふり構わず勝とうとすれば船木さんは勝てたのかもしれない。しかし少なくともオレはそんな船木さんを見たくないし、船木さんに限らず美意識の存在しない試合なんか見たくないとも思っている。
高橋本など影も形もなかった遠い昔、アントニオ猪木がこう語っていたことがある。

プロである以上、勝たなくてはならない。そしてプロである以上ただ勝つだけではダメで、華麗に勝たなくてはならない。

猪木が80年代に発したこの言葉、現代においてもまったく力を失っていないとオレには思える。
現代総合格闘技の競技化の流れ、まあ実際は競技っぽく装う流れといってもいいかもしれないが、この流れの果てにあるのはペンペン草も生えない焼け野原だとオレは思っている。測定可能な選手たちを測定し続け、はいミドル級最強はこの選手、はいライト級最強はあの選手と決めていってその先に何か素晴らしいことがあるとは全然思えないのだ。
誤解されたくないのだが、わたくし選手たちに積極的な文句はない。格闘技の選手たちは、総じて真面目で誠実だ。彼らの努力は偉いなあと思うし、その努力が測定される残酷な場に出続ける勇気もたいへんなものだ。ただ、それってスポーツマンの偉さである。オレはそもそもスポーツマンを見たいわけではないのだ。
立派な格闘技選手に比べて、プロレスラーは総じてろくでなしどもだ。ガッチンコやってる格闘技選手、特に名を秘すが菊田早苗あたりから「ロクな死に方しない」と言われても、まあ仕方がないかなとも思う。しかしオレは人間的に立派な格闘技選手とは比較にならないほど、「ロクな死に方しない」プロレスラーに惹かれる。これは今までの人生を通じてずっとそうだったし、今後もずっとそうだろう。
例えば大仁田厚は立派じゃないどころか人間的には最低のろくでなしといっても過言ではないが、オレはかつて大仁田に何度も体の震えるような感動と興奮をもらってきたぜ。菊田くんにそんな瞬間が一度でもあったかよ、寝言は寝て言えってなもんである。
では立派な格闘技選手がオレに何を見せてくれたのかといえば、これは「現実」以外の何ものでもない。格闘技のリングで起こっていること、あれは「現実」なのである。格闘技の選手が立派なのは、彼らが現実世界の住人だからだ。いい現実を見せてくれることもあれば、ひどい現実を見せられることもある。原則的に、彼らには現実を捻じ曲げる力はない。
「黒船の年」だった1993年から、もう15年経った。頭の悪いオレでも、15年もプロレスと格闘技の両方を観続けりゃさすがに判ってきたよ。オレは何らかのフィクション、虚構、概念を背負って闘う人間に惹かれるのだ。そりゃ格闘技の選手がなんぼ立派でも関係ないわけですよ、あの連中は現実しか背負ってねえんだから。
船木と田村の話に戻る。船木も田村も、Uというフィクション、虚構、概念を背負った人間だ。この2人がDREAMとは名ばかりの現実臭のきっついリングで邂逅したのは勿体無い話で、世が世ならこのカードは闘強導夢のメインを張ることだってできたのに、とかなんとか思わないでもないが、やはり現実と密にリンクしてきたUの残光を見るには現実のリングが相応しい。対峙する2人の色気はただ事ではない。これは「身の丈を超えた夢」を人に見せてきた責任を背負い、夢の帳尻を合わせるべく現実と闘ってきた男だけが持ちうる色気で、現実に縛られ等身大をよしとするのが美徳でございと恥じぬ格闘技選手には絶対に出せない空気があった。
そしてこの空気を読みとれぬであろう勝った負けたの格闘技ファンたちの前でこのカードが行なわれたことは、しつこく書くがやはり勿体無い話だと思うのだ。じゃあどうすりゃよかったのかと言われても、それは判らないのだけど。
佐藤大輔のV(ニコニコやYoutubeにリンクは張らない。観たい奴だけが自分で探して観ればいい)が実に秀逸だった。Uを学生運動に喩えたのは大正解で、あれはまさに我々の学生運動だった。
かつて古館伊知郎は言った。

ビートルズはお兄ちゃんのものだった。安保には間に合わなかった。しかしオレたちにはアントニオ猪木がいた。

オレは古館より若い。猪木の全盛期に微妙に間に合わなかった世代、少年時代に落日の闘魂神話を目撃した我々にとって、青春とはUでありUとは青春であり、我思う故にU在りであり、Uはお前なんだよクソぶっかけてやる! なのである。後出しジャンケンで笑う奴は笑えばいい。オレにとって「選ばれし者の恍惚と不安、二つ我にあり」という言葉は、赤軍にとっての「我々はあしたのジョーである」とほぼ同義である。よく考えたら、このカードは煽りVと入場だけでよかったような気がする。ホントに試合なんかしなくてもよかったのに。