「鬼畜」

ふと魔が差して、DVDで映画「鬼畜」を観ました。

鬼畜 [DVD]

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「鬼畜」は、「震える舌」と並んで「ホラー映画じゃないのにホラー映画の10倍怖い」と評され、暗黒日本映画の傑作と名高い(どこで?)一本である。監督の野村芳太郎は、観客をものすごくイヤ〜な気分にさせる映画ばかり作る名匠。そのフィルモグラフィーは「砂の器」「鬼畜」「八甲田山」「八つ墓村(77年版)」「震える舌」「わるいやつら」「疑惑」「迷走地図」などで、タイトル聞いただけで死にたくなるような(しかし普通に良作佳作も多い)ラインナップだ。松本清張原作映画が多いのも特徴で、そもそも松本清張の小説が持つイヤ感(ほら人間こんな些細なことで人生台無しになるんやでえええみたいな)を何の躊躇もなく映像化できる、一種の変態なんだろうと思う。オレは松本清張の小説を数冊読んだことがある程度だが、なんかどれもイヤな後味とともに清張先生の「どや… イヤな気分やろ…」という得意満面のご尊顔がちらついて、どうにも好きになれなかった記憶がある。

「鬼畜」は緒形拳岩下志麻の夫婦のもとに、3人の子供を連れた小川真由美がやってくるところから始まる。あとはもう、この世の地獄が2時間近く延々と続く。完全ネタバレでも構わなければ、Wikipediaの「鬼畜」(映画)の項目をご覧ください。

こういう誰のことも幸せにしない映画の存在が、昔っからオレは不思議だった。以下はCinemaScapeに投稿したコメント。

明らかに半端じゃない力作なのだが正直言ってしんどい。(★4)
観る前から悪名高かった「ご飯無理やり食わせ」「クリームパン無理やり食わせ」の場面は心の準備があったので大丈夫だったのだが、東京タワーの場面には心底参った。ああいうふうに、ある日親から捨てられて孤児となることのリアリティーは凄まじい。当然ながら子を捨てる親の側のリアリティーも凄まじく、緒形拳はもう生涯、東京タワーを普通に見ることができない。恐ろしい、夢の中のような場面だった。

オレが不思議なのは、こういう映画は誰が望んで生まれ落ちるのだろうということだ。あらゆる映画は、何かしら人をハッピーにさせるために作られる。それは恐怖映画でも、残酷ドキュメンタリーでも、スカトロパゾリーニでもそうなんであって、誰かがウヒヒと喜んでるのが想像つくのだ。しかし『鬼畜』の如き底なしに気分が陰々滅々と落ち込む映画、これは誰が喜んでいるのだろうか。たとえばオレは、今村昌平の人間を土俗や泥んこやおまんこまみれにする映画にも、同様の「誰が喜んでるんだろう?」という長年の疑問を持っている。こういうのが昔は社会派作品ふうとして「有難がられた」という事実は理解できる。ケッチャムの小説みたいなもんなのかなあ。

予告編を観ると、本編ではオンパレードの虐待場面は巧妙に隠されており、親子の絆を描く感動作品のような触れ込みである。そんなん期待してきた観客にこれ見せたんか。松竹はホンマモンの鬼畜映画会社やでえ…

この映画は普通に児童虐待の満漢全席なわけだ。現在、これを放送できる地上波の局はないというレベルだ。子役たち(特に一番小さい赤ちゃん)は本気で岩下志麻を怖がったらしく、虐待場面撮影後は岩下志麻が近づいただけでワンワン泣き出すようになり、これは志麻姐さんも精神的に参った辛かった、と自伝に書いているらしい。そうまでしてこの映画を作る動機はオレにはよくわからないのだが、岩下志麻の役者根性と野村芳太郎マジックのなせる業なのだろうな。岩下志麻緒形拳は凄まじい名演で、イヤな気分になっても観た甲斐はあったと思う。

正直言ってこの映画の魅力は理解できないが確かに力作であり、二度観たいとは全然思わないものの、観たことを後悔しているかというとそんなこともなく、一応は観てよかったような気がしている。こういうイヤなイヤな映画のジャンルって昔からあるよな。誰か名づけて、整理してくれないもんかね。