元気ですか!! 大晦日!! 2011

K-1をプロモートするFEGの現ナマが尽きて久しいため、大晦日はDREAMを運営するRE(リアルエンターテインメント)と猪木のIGFが合同興行。ついに地上波なし、CSとニコ生での生中継となった。オレは自分のアパートで2000円払ってニコ生で観ようかな、それともいっそ行っちゃうか? さいたまスーパーアリーナ… と迷っていたが、結局は友人らと新宿のスポーツバーでCS観戦、そのまま年越しと相成った。

ヒョードルを観たいという気持ちもあった。誰のことも幸せにしない青木と北岡の試合を観て、イヤな気分を満喫したいという気持ちもあった。しかしわたくしが一番観たかったものは、これはもうIGFルールのタッグマッチ、柴田勝頼&桜庭和志 vs 澤田敦士&鈴川真一である。このカードにだけ、明らかに通常の格闘技や通常のプロレスにはない「カテエ」匂いが漂っていたからだ。

このカード、表向きはIGF対DREAMの対抗戦であり、プロレス対総合格闘技ということになっている。しかしカードを裏面にひっくり返すと、きれいに構図が逆転するのである。

格闘技側にいる筈の桜庭は、総合黎明期にプロレスラーとしてプロレスを守りきり、プロレスファンに絶大なる信頼と感謝を寄せられ、尊敬され、愛されている人間国宝だ。柴田は柴田勝久の息子であり、名門新日ヤングライオン出身、星野勘太郎の薫陶を受けた魔界4号であり、前田日明船木誠勝桜庭和志に師事してUWF史を追体験。オレは今でも中邑や棚橋に不満を感じるたびに、ここに柴田がいてくれたらまだよかったのにと思うことが少なくない。

IGF代表として出てくる鈴川真一は、大麻所持で大相撲をクビになった元十両若麒麟であり、要するにプロレスド素人である。致命的にプロレスセンスがないから、ガチでバンナに殴られることでこの業界に賭ける意気を示すしかなかった。天龍に蹴られていた元横綱・輪島を、果てしなくヨゴレにしたような男だ。ま、たかが大麻ぐらいでヨゴレ扱いも可哀想ではある。澤田敦士に至っては鈴川以下のド素人、ただの明大柔道部の兄ちゃんである。小川直也の弟子という役回りだから、なんとか露出できているに過ぎない。

格闘技を名乗っている桜庭組に実はプロフェッショナルの色気が滴っており、プロレスを名乗っている鈴川組の実態はアマチュア競技の青臭い坊やたち。この倒錯的な構図が、試合前の大前提としてすでにある。

戦前、オレがキーマンと睨んだのは柴田だった。このメンツでは最も純プロレスの色濃い男、本来なら桜庭に苦労をかけず、桜庭の手を汚すことなく試合をコントロールしなければならない立場である。柴田にそんな器用なマネができるとも思えないが、だからこその正念場だと感じた。ここでいい仕事をすれば、再びプロレス界へのソフトランディングの可能性も見えてくるだろう。がんばれ柴田、マーダービンタに気をつけろ。

で、試合である。ご覧になった諸兄は十二分にお判りで、みなまで言うなとおっしゃるだろう。柴田はダメだった。桜庭と比べても体ができてないように見えたし、重心が高すぎて、何をやってもサマにならない。鈴川に決めたヤクザキックは良かったが、試合どころか自分さえコントロールできていなかった。柴田はまたしても株を下げてしまった。

ところが、思いがけず桜庭が素晴らしかったのだ。これほど桜庭が光る瞬間に、また出会えるとは思っていなかった。この試合、まずロープをめぐる攻防があった。IGFの2人は何でもかんでもすぐロープに逃げるという卑怯ムーブ。技もかけてないうちにロープを掴まれた桜庭、不可解そうな呆れ顔。カットに入られ、急速に不機嫌になってゆく桜庭。こういった心の動きが、実によく判るのだ。スタンドでロープを握り、エスケープだぞと牽制する桜庭。これ、やってることは悪役商会永源遥と大差ない。しかし前フリが利いているので、IGFの卑怯ムーブに対するいかにも桜庭らしい意趣返しであることが誰にでも伝わり、もうさいたまアリーナはこの日一番の大盛り上がり、スポーツバー観戦の我々もビチョ濡れでマスターもう一杯! ですよ。すべては無言の内に行われた。仏頂面と僅かなゼスチュア、それでもう充分だ。桜庭はそれ以上決して悪ノリせず(このあたりセンス抜群)、一応は真面目にやりますよ、といった風情で目にもとまらぬローシングルを連発、鈴川と澤田を転がしまくる。一切顔には出していないが、2人が桜庭に感じる恐怖さえ明確に伝わってくる。これがプロレスなんだよな、と思わざるをえなかった。柴田くん見てるか、これがプロレスだぞ! あれ、柴田がどこにもいないなと思ったら試合が終わった。無礼なDQNに、桜庭がきちんとお灸を据えた格好となった。

試合後の澤田を無視したマイク、そして年越しのマイク「格闘技をよろしくお願いします」には、振りかかる火の粉は払うよという桜庭の決然たるカテエ覚悟が垣間見え、なにしろ桜庭は満点だった。唐突に意味もなく組まれたカードの試合中にテーマを提示し、プロレスを完遂したのだ。

次に評価したいのが、逆説的だが実は澤田なのだ。澤田のナチュラルな不快さは実にいいスパイスだった。Xの曲かけて獏のマスクかぶって入場とか、意味が全然わからないでしょう*1。子供なんですよ。人前で何かをお見せできるプロには程遠い。友人は、澤田を「いい年なのに顔ができてねえ」と評した。確かにその通りで、あのきかん気の強い、知恵の足りない幼稚な顔を見るとイライラしてくる。そこに桜庭が華麗にお灸をすえるというわけです。気持ちええわけですよ。一方、鈴川は桜庭に対しては気配を消していた感があった。人気絶大の桜庭と、必要以上に敵対するのは得策ではないと感じたのだろうか。或いは、普通に尊敬があったのかもしれない。だから鈴川はこの試合で、プラスもマイナスも生み出せなかった。本当はIGFのエースが大晦日でそれじゃダメなんだが、その程度の常識が、鈴川にはあったということだ。ひるがえって澤田には、一切なかったねえ。気持ちいいほど腹の立つ、無様なナチュラルヒールだった。こういうイレギュラーな異物があってこそ、それを飲みこんでみせる桜庭の度量が楽しめるのである。

我々はあっけなく興奮し、過去に行われたさまざまな試合の記憶がさらなる記憶を連想させた。ZERO-ONEでの三沢光晴力皇猛vs小川直也村上一成。三沢がグラウンドで小川を完全にコントロールし、跳ねっ返りでイキのいい村上を余裕を持って仕留めた。或いは新日Uインター対抗戦時代、生意気盛りの金原弘光とタッグマッチで邂逅したロートルドラゴン藤波辰爾が、純プロレスの文脈内のムーブのみできれいに丸めこんでみせた試合。オレはSWSでアポロ菅原と妙な試合をして泣いた若き鈴木みのるの姿が脳裏をよぎったが、あれの真相は諸説あっていまだよく判らないので言わないでおいた。

IGFの根本的な問題とは、つまりはこのようなピリッとしたプロレスを理想に掲げながらも自分たちだけでは実現できない、その力量のなさだろう。あのねえ、アーツ対藤田とか、ぼかー思わず目を伏せちゃいましたよ。藤田はホント下手。4点ポジションの相手に密着してマットへの膝蹴りを連発していた悪夢のIWGP王者時代から、ちっともうまくなってない。お前さー、藤波なんかわけの判らんリチャード・バーンのようなポンコツ空手家相手に異種格闘技戦して、しかもコーナーからのニードロップをいつも通り決めて快勝してんねんで。何をやらせても、藤波はホントうまかったなあ。はい、ということで「元気ですか!! 大晦日!! 2011」の結論、「藤波はホントうまかった」。では猪木のお言葉に倣いまして、2012年「も」いい年でありますように。

*1:これ、獏は夢を食うから、夢=DREAMを喰ってやるぜ!という澤田なりのトンチだったらしい。全然わかんなかった…