モスクワ感想


ここの文章を読んでくださっている暇で暇で仕方のない皆さんには関係のないことだが、このブログは最低でも月に1回は更新すべしという第2次UWFスタイルを勝手に踏襲しておりまして、今までは概ねそのように書いてきたのである。しかし今月は映画にも本にも大したものとは出会っておらず、他に書くべきこともないので、仕事で数日間モスクワに行ってきた感想でも書くことにする。といっても仕事の内容には一切触れないので、とりとめのない話にしかならないのだけど。

旅の結論は、我々が映画「不思議惑星キン・ザ・ザ」で目撃した奇妙な世界は現代のロシア(当時ソビエト)社会をストレートに描いたものだった、という発見だった。「キン・ザ・ザ」を観てない人は面白い映画だから今すぐ観てください。

不思議惑星キン・ザ・ザ - Wikipedia

モスクワに数日間滞在しただけでロシアの何が判るものか、というのも尤もな話ではあるのだけど、さしたる予習もせずに行ってみると様々な場面で感じる違和感が非常に面白く、なるほどロシアとはこういう国かとすっかり感じ入ってしまった次第。

何しろ広い国なので、道路も建物もバカみたいに広い。老朽化した建物の壁が崩れかけていても、修繕もせず平気で使い続けている。或いは、修繕できずに使い続けざるをえないのかもしれない。いろいろなものが本来の用途を外れてもそこに在り続けている廃墟感。車は荒くれている。市街地でもバンバン飛ばすし、カーブでもスピードを落とさない。交通法も歩行者優先ではなく自動車優先なのだという。交差点の信号は、車の通行は1分あるのに歩行者通行の時間は15秒と非常に短い。これは早足でギリギリ渡りきれる程度の時間だ。ホテルだのカフェだの飯屋だのの、およそ客に応対する従業員たちの愛想のなさたるや凄まじい。サービスだのお世話だのといった感覚が日本とは全然違っていた。では不親切で無愛想なロスケばかりかといえばそうではなく、気のいいおっちゃんオバチャン特有の暖かいような暑苦しいような雰囲気を、若い連中も纏っていた。

老若男女に共通して、自分たちが「失敗した国家」に生まれ住んでいる、という前提を共有しているように見えた。「黄昏の時代」を生きているという諦念が、街を覆っているようにオレには見えた。勿論、それが全てではない。彼らは郷里の国土を愛しているし、ボルシチはうまいしウオッカを飲んで楽しくやってるし、同胞とは連帯している。人生をエンジョイしており、暗い顔はしていない。しかし少なくとも、「お上がどうにかしてくれる」「警察に任せておけば大丈夫」「システムの流れるままにしておけばうまくいく」といった感覚は皆無であるように見受けられた。むしろ、それらに対する強烈な不信を抱えているように感じた。ゆえに彼の地の人々は、自分のケツは自分で拭かねばならない。それは人民の気概ある姿と言えなくもないのだけど、どこかやさぐれた風情、疲れた足取り、なるようにしかならぬという諦め、どうにでもなりやがれという開き直りが透けて見えるような気がしたのだ。あのー、このへん僅かな印象だけで勝手放題書いてますので、あんまり本気で受け取って怒ったりしないでくださいよ。

この独特のやさぐれ感、どこかで覚えがある。あれはなんだっけなーと記憶を探ってみたところ、昔観た「キン・ザ・ザ」という映画にそれがあったということに思い当たったのだ。キン・ザ・ザで描かれた無意味で奇妙な風習、理不尽なルール、ひどく理に適っていない社会の姿。あれは当時のソビエトそのものだったのだ。

強烈に覚えている場面がある。はるか銀河の彼方、惑星ブリュクの社会はチャトル人とバッツ人という2つの人種で構成されている。支配者のチャトル人はメチャクチャ威張っており、被支配者のバッツ人はペコペコしている。人種の違いは、見た目では全然判らない。人種は、人にテレビのリモコンみたいな識別器を向けることで判定される。識別器をチャトル人に向けると電球が赤に、バッツ人に向けると緑に光るのだ(逆だったかもしれない)。主人公の地球人は「だけどそれがいったい、どうしたというのか」と聞く。チャトル人が答える。「赤と緑は色が違うだろ。お前は馬鹿か」

識別器の電球の色の違い以外に、チャトル人とバッツ人を見分ける方法はない。このルールによって差別されているバッツ人でさえ、この識別法を無条件に受け入れてペコペコしている。そこが少し面白く、非常に恐ろしい。オレは、差別というものの本質をこれほど明確に描いた映画を他に知らない。無意味であっても、ルールは一旦ルールと認識された時から幅を利かし始め、人間を支配してしまう。人間の社会はこのような無数のルール(その大半には意味なんかない)によって縛られ、運営されている。本当はそんなもん無意味だと知っていたとしても、社会の中の人間はそれに逆らえない。旧共産圏のソビエト連邦末期など、まさにそのようなドン詰まった状況だったのだろうと想像する。今回の旅で出会ったロシア人のおっさんはこう言っていた。

「今も決していい世の中じゃないけど、ソ連崩壊の時のムチャクチャさに比べたら遥かにマシだよ」

連邦崩壊時は何が大変でしたかと尋ねてみたが、「簡潔には説明できない」とのことで教えてもらえなかった。

国家の崩壊などという大事を経験してない自分には想像もつかない世界だけど、どうもそういうことだそうです。いずれ日本もこんなやさぐれた感じになるのかなあ。まーそうなっても、日本酒飲んで楽しくやるしかないんだろうな。

不思議惑星キン・ザ・ザ」は、今年ゲオルギー・ダネリヤ監督が自らアニメ映画としてリメイクしたらしい。どう見ても実写オリジナルの方が面白そうではあるものの、こちらもちょっと観てみたいものだ。

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