感想・砂の国


今月は仕事でエジプトに行ってきた。滞在は一週間ほどだったが、帰国後もそれ関係の仕事に忙殺されていたため映画や本、競馬にプロレス、深夜アニメなどの高カロリーなゴラクとは全然無縁な月だった。仕方ないのでエジプトの感想など書き残しておく。

2011年の革命以降、エジプトはシッチャカメッチャカのメッタメタだそうだ。国の偉い人はコロコロ変わり、その都度前任者とは違うことを言うらしい。情勢は安定しておらず、国のシステムの大部分が崩壊しているので何も信用できない。しかしそれでも人々は毎日を暮らしていて、日銭を稼いだり稼がなかったりしている。メシも食えば酒も飲む。意外だったのは、そんな状況下で皆さん結構余裕の顔つきなんだよなあ。ここでは人生があんまりシリアスではないのか、それともひどく諦めがいいのか、或いは常軌を逸してタフなのか、オレにはちょっと判らなかった。

なにしろエジプトの人が急いだり、焦ったりしている場面をついぞ見ることがなかった。いちいち余裕なんだよな。こっちは仕事で行ってるから、仕事上の手続きやなんかで「おいちょっと急いでくれよ」と思う場面も多かったのだが、まー連中は一切急がないね。まず、誰かと誰かが出会うでしょう。すぐ仕事の話すればいいじゃないですか。しかし彼らはまず握手。そしてハグ。そしてタバコに火をつけて立ち話。雑談してるとお茶(甘い紅茶みたいなの)が出てくる。気候が暑いのに必ず熱いお茶が出てくる。我々日本人は汗かきながらフーフー吹いたりしてなるべく早く飲むんだけど、エジプト人は自然にぬるくなるのを待ってるんだ。お茶を飲み終わると、おかわりが出てくる。仕事の話はまだ始まってない。ここでもう30分ぐらい経ってる。

治安は悪い。滞在中に世話してくれたエジプト人によると、「エジプト人はみんないい人。でも悪い外国人がたくさん入ってきてて、エジプト人のフリして観光客から金を奪ったりするから危ないよ」ということらしい。そんなみんないい人のわけあるかいとは思ったものの、我々日本人のド素人に中東の人たちの見分けなんかつかないのも事実で、はーさいですかと受け入れるしかない。宿から出歩くのも危ないと言われたので、夜遊びのたぐいは全然できなかった。人が集まるような場所には、自動小銃持ったポリスやアーミーがゴロゴロ。これには最初緊張したが、すぐ慣れてしまった。

住宅はレンガ造りか、黄土色の似たような建物ばかり。砂からして違うのだろう、そもそもコンクリートの色が黄土色なのである。以下はエジプト独特の習慣なのだそうだが、まず土地を手に入れたら平屋を建てる。それも屋上に鉄骨が飛び出ている状態で建てる。結婚したり子供が生まれたりで家族が増えると、屋上の鉄骨を頼りにそのまま2階を増築する。その際にも屋上には鉄骨を飛び出させてある。そんな具合に増築、増築を繰り返していくとだんだん高くなって一丁前のビルになるそうだ。市街地には、そんな適当な方法で造られたビルがゴチャマンと密集している。地震はほとんどないらしい。エジプト人に、全体の設計とかバランスとか大黒柱とかいった発想はない。レゴや積み木みたいな感覚のまま、平気で家を継ぎ足すのである。ピラミッドからしてそうなんだけど、石やレンガを積み上げればそれで大丈夫なんであって、それでええやん何がアカンのと言われれば返す言葉もない。

国の大きな収入源である観光は革命以降壊滅状態で、ほとほと困っていると言う(でも困ってるようには見えない)。仕事がないのだろう、昼間っから砂煙舞う道端でいい年こいたオッサンや爺さんが座りこみ、タバコを吸い、お茶を飲んでいる。それも大勢いる。わざわざ道路にテーブルとイスを持ちだして寛いでいる本格的なやつもいる。彼らにも食わせていかねばならぬ嫁さんや子供がいるのだろうと思えば不憫なんだが、なにしろ皆さん余裕の顔つきをしているのであんまり同情する気にならない。

交通はどいつもこいつも自由すぎる。信号というものをほとんど見ない。交差点は英国式のラウンドアバウトになってるのだが、なってない交差点でも自動車やバイク、歩行者が平気で行き交う。見てると危なくてハラハラするのだが、こっちの人はどうも危なさの基準が違うらしい。なぜか高速道路でも歩いてるやつがチラホラいる。ハイエースみたいな箱バンが多いのだが、例外なく後部のエンジンがむき出しになっており、横のスライドドアが開けっ放しになったまま走っている。不思議に思ってあれはなぜだと聞いたところ、エンジンむき出しはエンジンを冷やすため。ドア開けっ放しは乗ってる人間が暑いから、だそうだ。

野良犬が多い。それもみな痩せている。街なかの野良犬なんてオレがガキの頃でもたまに見かける程度、東京では全然見ないので新鮮だった。痩せ細り、人間に頼りきっていない野良犬の荒んだ顔にはなんともしれぬ野趣と風格が感じられ、どれも実に素晴らしかった。これこそ本来の犬の顔だと思った。日本のぬいぐるみみたいな愛玩犬とか室内犬とかもうバッカバカしくなっちゃってさー、お前らよーエジプトの路上で生きていけんの? お前それサバンナでも同じこと言えんの? と思いましたな。他には馬やラクダやロバもたくさんいて、こき使われていた。なぜかネコは見なかったな。