はじめてのクロサワ 「影武者」

影武者[東宝DVD名作セレクション]

影武者[東宝DVD名作セレクション]

久しぶりに「影武者」をDVDで観た。黒澤明の映画としてはあまり出来もよくなく、好きでもない映画だが、オレがはじめて観た黒澤映画だ。

かげむしゃかわいそう (★3)
当時7歳ながら親に連れられ映画館で観て、けっこう細部まではっきり覚えている。ラストの川流れを見て「かげむしゃかわいそう」という感想を持ったものだ。劇場は満員で凄い熱気だった。今思うに前作「デルス・ウザーラ」、前々作「どですかでん」はウケが悪かっただろうから大衆にとっては「赤ひげ」以来、巨匠黒澤明15年ぶりの大作時代劇な上、信玄や信長、家康ら戦国時代のスーパースターたちが登場するNHK大河ドラマ的題材でもあった。勝新太郎の降板劇、大規模なオーディションや国内ロケ、ルーカスやコッポラの表敬訪問などワイドショー的興味も大きかっただろう。結果、当時の日本映画の興行記録を作る大ヒットとなっている。

当時誰もが観てみたいと思ったように、企画やあらすじは超面白そうなのだ。しかし完成した映画には面白さの断片が幾つか残っているものの、全体的にしんどい出来となっている。なにしろ長い。素人目に見てもここ切れよと思う部分が多すぎる。また、もともと勝新が主役の映画だったこと=当初の理想通りに作られた映画ではないことを誰もが知っているため、どうしても「これが勝新だったら」という視線で観られてしまう宿命を背負った映画でもある。これは実に大きなマイナスだっただろうと思われる。仲代達矢は代役として満点の仕事をしていると思うが、観客の脳内で躍動する幻想の勝新とは勝負にならない。一方で勝新降板劇というスキャンダルと大衆のゲスな興味なくしてこの冗長な映画がヒットしたかというと怪しい気もするので、まあ興行というのは何が幸いするか判ったもんじゃありません。

素晴らしい場面も多いのだ。冒頭の「同じ人間が3人いる」フィックス、伝令の走り、夜間狙撃の正確な再現、謙信が窓を開くと雪景色、勝頼の城の窓から見える諏訪湖、虚実に翻弄される乱波たちなど。とりわけ信長を演じた隆大介は出色の出来だった。また劇中で信廉が影法師に信玄らしくせよとの指導を何度もするのだが、山崎努が格上の仲代に「目をむいて威張るな」などと演技指導しているわけだから面白い。仲代よく目をむくしな。

しかしどうもカメラが人物から遠く、登場人物に人間味が感じられないので困る。アップが全然ないという単純な問題ではなく、人物の心情に寄り添うことを避けているようにさえ見えるのだ。信玄の死を隠すためグルになった重臣たちは人目を忍んで何度も密談打ち合わせを行うのだが、大滝秀治以外は判別するのも難しいほどだ。歴史の舞台裏、究極のバックステージたる場面なんだから、大いに笑わせてほしいところだったなあ。

以下余談。当初のキャスティングでは信玄と影法師を勝新太郎、弟の信廉を若山富三郎が演じるという兄弟逆転プランだったという。死ぬほど面白そうなアイデアだが、「あんなうるさい監督の映画には出られねえ」と若山これを華麗にスルー。トラブル察知能力が高すぎる。そこで信廉の代役に勝プロサイドが提案したのが、あろうことか勝新太郎のモノマネをしていた酒巻輝男という芸人。さっそく黒澤・勝の2人が立ち会う中でスクリーンテストが行われたが、この人あんまり似てないうえに芝居も出来ず、不採用になったそうだ。世界の黒澤と勝が無名のモノマネ芸人を呼びつけて戦国武将の演技を強要し、思いのほかできなかったので愕然とするという奇跡的な一場面があったのである。これは面白すぎるだろう、常識的に考えて… 春一番をモハメッド・アリと闘わせるようなものだ。勝新はこういう時こそビデオカメラ回しておくべきだったよな。ブルーレイの映像特典につけてほしいよ。