「ロスト・ワールド/ジュラシック・パーク」とスピルバーグとぼく

昨晩金ローでやった「ロスト・ワールド/ジュラシック・パーク」を観た。先日の高畑勲作品といい、こいつ金ローばかり観てやがるなと思われても仕方ないし、まあそうなんだけど、これはたまたまであって、テレ東の午後ローとかも観ています。以下「ロスト・ワールド/ジュラシック・パーク」の感想。当時の劇場では観ておらず、初見はVHSソフトだったので、2度目の鑑賞。

唯一心を奪われたのが、ビデオレンタル屋の店内にバスが突っ込んでくるカット。バスからギリギリ逃げる客たちが凄いスタントだと思ったのだが、これもCG使ってんのかな。 ★1

バカとバカとバカと大量のバカしか出てこないため誰にも肩入れできぬばかりか終始イライラさせられる本作は、マイケル・クライトンの原作小説と脚本参加を待たずにデヴィッド・コープが単独で勝手に書いた知能指数ゼロの脚本を、ティラノサウルス本土上陸を撮れることに目がくらんだスピルバーグが何も考えずに早撮りしたものだ。

これによって判ることは、クライトンが娯楽小説の中で曲がりなりにも表現しようとした科学への疑念や生命倫理といったテーマをスピルバーグは何ひとつ理解しておらぬばかりか興味も一切なくて、前作のそういった部分はただ脚本通りに撮っただけで、本当に興味あったのは恐竜の挙動とダメオヤジの成長、本質からズレたどうでもいいサスペンスごっこのみにすぎなかったということだ。

我々は、スピルバーグさんのこういうアレなところを理解してあげなくてはならない。『激突!』も『ジョーズ』も、そういう子供じみたスピルバーグだから作ることができた傑作だった。つまりクライトンの着想と作劇を借りた前作『ジュラシック・パーク』よりも本作『ロスト・ワールド/ジュラシック・パーク』こそが、スピルバーグの本質的な作家性があらわれたド真ん中の作品なのだ。誰だって、そうは思いたくないよな。オレも思いたくないよ。しかしスピルバーグが徹底してディレクター=演出家であって、ストーリーテラー=脚本家ではない、ということなら同意いただけると思う。

それにしても我々の愛する娯楽映画の申し子スピルバーグが、連結型キャンピングカーが崖から落ちるかどうかドキドキですね! と頑なに言い張るズレたオッサンであることを認めるのは辛いことだ。しかしインディ・ジョーンズ映画なんて全部ズレたドキドキで構成されたカラッポ映画で、そうと薄々知りつつみんな喜んでたんだから、この辛さは引き受けなくてはならないよな。

我々の世代の巨匠スティーブン・スピルバーグさん、お好きな方は多いだろうが、わたくし個人は「オレはスピルバーグが好きなんスよォー、大好きッ!」とは全然思っていない。本気で死ぬほど好きなのは「激突!」と「ジョーズ」のみで、大きな声では言えないけどかなり好きなのは「1941」だが、他はそうでもない。「プライベート・ライアン」を、もう一度観てみなくてはと思っているくらいだ。インディ・ジョーンズは全部嫌いだ。「E.T.」は最も重要な映画と思うが、好きかといえばこれも違う。頭いい路線は、すべて信用していない。

製作作品なのであんまり関係ないが、みんな大好き「グーニーズ」もオレの大嫌いな映画のひとつだ。12歳当時劇場で観て、オレをバカにしてんのかと呆然としたものだ。いまだに同世代の映画好きが「グーニーズ」を好意的に語るたび、居心地の悪さを勝手に感じている。しかし今にして思えばあれは製作スピルバーグの映画でも監督リチャード・ドナーの映画でもなく、脚本クリス・コロンバスの映画ですわな。

スピルバーグの功はたくさんの人が語っているので、ここでは罪のほうを書いておきたい。上記ジュラ2の感想でも書いたような、本筋に関係ないどうでもいいサスペンスを尺かけて長々と展開するという恥知らずな映画作りを始めたのは、他でもないスピルバーグだと思うのだ。ジュラ2より遥かにマシだった前作「ジュラシック・パーク」においてさえ、樹の上から車が落っこちてくる、あぶなアーい! という、クッソどうでもいいサスペンス場面があった。本筋とも観客の興味とも何ら関係ないため、実はサスペンスとして成立さえしていない。出来損ないのイベントを脈絡なく「置きに行く」ようなこういう展開を、なぜかスピルバーグは好んで作る。インディ・ジョーンズは全部これ。そして凡庸な作り手たちほど非常にこれをよく真似するために、この悪癖はアメリカ娯楽映画にひとつの潮流を作り、全体のレベルを下げたと言ってもいいと思う。ジェームズ・キャメロンのような腕の立つ作家は、絶対にこんなことはやらない。

スピルバーグもいつか死んで、その時はみんな手放しで誉め讃えるのだろう。映画の申し子、映画の神様、映画の良心とさえ言われるだろう。本当に死んだらこの記事のようなことが言いにくくなるので、彼が死ぬ前に書いておいた。そういうことです。