「この世界の片隅に」、内容以外の感想

今年の下半期から非人道的環境で働いており、クッソ忙しくて映画にもなかなか行けない状態なのだけど、そうは言ってもまさか「この世界の片隅に」を観ないわけにもいかぬ。公開初日は無理だったが、公開翌週の平日に観に行った。2回観た。

2009年秋に公開された片渕須直監督の前作「マイマイ新子と千年の魔法」はオレにとって本当に特別で、生涯に数本しか出会えぬ類の映画だった。心を奪われて逆上したオレは当時このダイアリにあれこれ書いたし、上映延長願いの署名活動にも署名したし、延長上映に何度も足を運んだ。片渕監督にご挨拶したりTwitterで絡む機会も一瞬あった。数え切れぬほどの多くのファンと接する監督からすればいちいち覚えちゃいられないくらい小さなことなれど、ファンのおっさんことオレにとっては実に嬉しいものであった。

ゆえに監督の次作「この世界の片隅に」のクラウドファンディングにも参加した。「この世界の片隅に」が傑作になると読みきって出資する、という先見の明がオレにあったわけではない。観てもいない映画を応援するつもりなど全然なかった。あくまで「マイマイ新子」に出会えたことへの感謝、監督へのお賽銭のようなつもりだった。そもそも、映画「この世界の片隅に」が凡作になる可能性だって大いにあると思っていたのだ。なぜなら片渕監督の初監督作品「アリーテ姫」は、まあ、ウン、いいですね。なるほど。はい。という感じで、正直オレには全然ピンとこない映画だったからだ。つまり「マイマイ新子」のみがオレのためだけに神が遣わした奇跡の映画であって他はそうでもなかった、という展開はいかにもありそうに思えたのだ。

だが先日観た「この世界の片隅に」は明らかに「本物」だった。控えめに言っても、今年最高の映画である。小さい公開規模ながら今回はヒットしており、上映館も増えつつある。いやー、こうでないとな。「マイマイ新子」の時なんか誰も知らなかったからな。嬉しい。

それでも今回、オレは落ち着いている。「マイマイ新子」がオレ個人にグッときたのとは違って、「この世界の片隅に」が万人に届く、より成熟した作品だったからかもしれぬ。また、映画が素晴らしいほどに原作の凄さを思い知るという構造になっているためかもしれない。それ自体がたいへんな傑作である原作に対しても、片渕監督は揺るがぬ実力を証明したのだ。ちなみに「マイマイ新子」ではけっこう好き放題にオリジナルやってましたからね。だからオレにとっての特別の中の特別な映画ではなく、「この世界の片隅に」は万人が胸を打たれる立派な、どこに出しても誇らしく、誰にとっても愛らしく、破格の実在感を持った、みんなの特別な映画になった。本当によかったと思うのだ。

「七人の侍」(4Kデジタル上映)

非人道的な環境の職場で働く毎日の中、珍しく休みがとれたので立川に黒澤明の「七人の侍」を観に行った。しばらく前から「午前十時の映画祭」で4Kデジタル上映をやっており、観た人々の反応をtwitterなどで目にしてはいた。何しろキレイでびっくりする、音もいい、三船敏郎のセリフが聞きとれる、左卜全のセリフはやっぱり聞きとれない、などといった人々の感想はおおむね正しく、オレも今回の「七人の侍」の映像の美しさとクリアな音響には圧倒された。

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「映画 聲の形」 きみたちはテリーマンか

現在、短い夏休みを過ごしております。台風や雨ばっかりだけど。

映画『聲の形』Blu-ray 通常版

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  • 発売日: 2017/05/17
  • メディア: Blu-ray

映画 聲の形」を観てきた。映画を観ながら連想したのは原恵一の映画「カラフル」と、現在webで連載中の「キン肉マン」におけるテリーマンだった。近年のテリーマンは「わかりあうために闘う」ことをテーマに掲げており、ジャスティスマンとのイデオロギー闘争においてボロボロの体になりながらも生還を果たした。なぜ「左足を奪われ両腕をもがれても戦うテキサス・ブロンコ」テリーマンを連想したかは、以下の感想に書いた。原作と映画のネタバレがあるので、未見の方は読まないように。とっととブラウザを閉じて、劇場に観に行ってください。

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コミュニケーションの失敗を正すため、たとえ傷ついてもノーガードで何度もぶつかりあう青少年たち。その姿は痛々しくも眩しく、尊いものに見える。(★4)

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ボーキャクとは忘れ去ることなり 「君の名は。」

新海誠監督の最新作「君の名は。」を観てきましたよ。観客には若い子が多くて、総じて好評ムード。泣いちゃってる女の子もたくさんいましたよ。

万人向けとまではいかずとも、若い世代の支持を得るエンターテインメントを新海先生がモノにした一方、劇場に貼られていた「好きになるその瞬間を。 告白実行委員会 劇場版第2弾」のポスターを見て、いま本当にヤバいアニメの最先端はたぶんこっちなんだろうなと思ったりしました。

以下感想、例によってネタバレありなので観てない人は読んじゃダメですぜ。

2人が出会うことを、観客が望んでいた。それがもう答えだろう。 (★4)

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庵野秀明の「シン・ゴジラ」

昨晩、「シン・ゴジラ」観てきました。新宿のTOHOシネマズだったんだけど、上映後に拍手が起こりましたよ。

以下は感想、ネタバレあり。まだ観てない人は絶対に読まないように。

庵野秀明、棒読みで早口な「未来への祈り」  (★4)

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もったいなかった「海にかかる霧」

ブルーレイで2014年の韓国映画「海にかかる霧」。

プロデューサー(の1人)にポン・ジュノ。監督は「殺人の追憶」の脚本をポン・ジュノと書いたシム・ソンボ(初監督作)。脚本は「殺人の追憶」コンビのポン・ジュノとシム・ソンボ。2003年の傑作「殺人の追憶」のスタッフ配置を入れ替えただけみたいな映画だ。当然テイストも似通っているが、「殺人の追憶」よりは落ちる。まー仕方ないんだけど。

展開が予想できず面白かったので、予備知識なしで観るといいですよ。韓国映画の残酷やナマグサや憂鬱なのが苦手な人は避けたほうがいいと思います。以下、なるべくネタバレなし、でもちょっとネタバレな感想。

「船が揺れてない」問題と「漁師最強説」の落日 (★3)

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HAL9000の足元にも及ばぬ「エクス・マキナ」

なかなか映画館に行くヒマがなく、しかし観たい映画だったので輸入ブルーレイを買った。

すぐれた低予算SF映画という評判だったので、ストイックでガチムチなSFを期待していたのだが… ある意味では、オレが大嫌いなナンチャッテSF映画ガタカ』あたりと大差ないのかもしれない。ビジュアルのイメージは完全に空山基だよな。ザ・ヒューマノイド

なにしろエヴァちゃんが魅力的なのだが、それがかえってSFを映画でやることの限界を感じさせる。(★3)

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BL大好き腐女子の冒険 「ぼんとリンちゃん」

マンガ実写化の底抜け映画が目立つ昨今の日本映画なれど、いやいや日本映画にも傑作ありまっせという御意見はあり、わたくしもそりゃそうだろうとは思っている。しかしたとえば近年世評の高い是枝裕和監督なんかは、拷問のような初期作「DISTANCE」を観た当時ボカー激怒したわけで、だから近作の評価がなんぼ高かろうと一切観る気が起きない。「そして父になる」とか「海街diary」とかよさそうですよね、オレだってそれぐらいなんとなく判ります。でも観ない。

興味はあるもののまだ作品を観たことがない監督は何人かいるが、洋画もあるしアニメもあるしでなかなか手が回らない。まあ実写「進撃の巨人」を後編まで観たやつがなに言ってんだという話で、お恥ずかしいばかりなんだけど。

ぼんとリンちゃん DVD通常版

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  • 発売日: 2015/06/17
  • メディア: DVD

「ぼんとリンちゃん」は伊集院光のラジオ番組で昨年、ゲストの山本晋也カントクが褒めていたので興味を持った。現代のオタクの生態、その特異な立ち振るまいのリアリティがとても面白いということだったので、すっかり遅くなったがようやく観てみた次第。これがですね、まあ冒頭数分はどうしたもんかと思ったものの、じきに映画のペースに慣れて、観終えてみると意外に… いい映画だったのですね。こんな日本映画もあるんだなーと思えた。DVDの音声レベルが低すぎてセリフが聞き取りづらいのが問題で、テレビのボリューム最大にして観たよ。

映画が作られた2014年の「今」を徹底的に捉えた映画なんだけど、見かけよりも遥かに普遍的な青春映画になっていると思った。客を選ぶ映画だとは思うし、オレだって若い頃に観ていたら腹を立てていたかもしれない。だからあんまりオススメしないけど、まーこんな映画もあったということくらいは知っておいて損はないかと。以下ネタバレ、観てない人は読んじゃダメよ。

わたくしの如きおっさんにとっては遠い記憶となった煩悶が、若者にとっては現在自分を取り囲む世界そのものであること。年代とともに若者は入れ替わり続け、しかしいつの世にも若者は煩悶していること。 (★4)

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夜を這うもの「ナイトクローラー」

ナイトクローラー [Blu-ray]

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BDで「ナイトクローラー」鑑賞。ネタバレありますのでご注意を。

遠い空の向こうに」の夢見る少年ジェイク・ギレンホールが、こんなになっちまって。(★3)

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あんまりいただけない「人はなぜ格闘に魅せられるのか」

人はなぜ格闘に魅せられるのか――大学教師がリングに上がって考える

人はなぜ格闘に魅せられるのか――大学教師がリングに上がって考える

著者は大学の英語教員で、本人の記述を信頼するならば、まあパッとしない中年男だ。彼が大学の向かいにあるMMAジムに入門してからの様々な体験、人類特にオスにとっての格闘=決闘についての考察、暴力を避けてきた半生の回想、MMAの練習における他者との関わりや得た知見、など、など、などが、まー出鱈目な順序で書かれている。

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