ミルコと永田さん

ミルコ・クロコップUFC移籍を知ってミルコを特に好きでもないオレがまず感じたのは、ああ、あんなにも日本人に愛された「ミルコ物語」というフィクションは壊れちゃったんだなあ、ということだ。これは全壊ではないものの後戻りできない片道切符で、ミルコファンにとっては相当重い分岐点だろうなと思った。

ミルコがインタビュー・試合・試合後コメント・ブログなどで発信し売ってきたミルコ・クロコップのイメージ「ミルコ物語」と、今回の移籍劇の間に決定的な齟齬があるのは明白だ。ミルコ物語は頂点ヒョードルとの雪辱戦へ向かっていたのに、現実はUFCで楽チンな相手を蹴り飛ばして荒稼ぎ。要はこれカネ、マネーで動いたのである。

オレは、プロが金で動くことを必ずしも悪いとは思わない。オレの好きなクイントン・“ランペイジ”・ジャクソン先生なんか典型的な「チャリンチャリーン!」タイプで(参考URL:http://gameandmma.blog29.fc2.com/blog-entry-295.html)、何の問題もないどころかジャクソン先生のこの態度はむしろ立派だと思っている。しかしそれは、ジャクソン先生だからそう思うのである。同様に、たとえばヒョードルがもっとギャラのいいマットに転出しても驚かないし、小川直也銭ゲバでも驚かない。だって銭ゲバなんだから。チャリンチャリーン!

ミルコの場合は違う。これまで「ミルコ物語」が謳ってきたのは金よりも強さをひたむきに追求する禁欲的なファイター像だった筈だ。つまりミルコは自分で作り上げたイメージを裏切り、自ら構築したアングルを崩したのだ。ミルコファンにとってこの移籍が重かろうと思うのは、まさにこの部分だ。何しろ今まで好きだったミルコの人間像に対する信頼が大きく揺らいだのだ。逆に「ハイキックがカッコいいからミルコ好き!」程度のファンは全然ブレないであろうと思う。そりゃ大丈夫ですよ。どうせミルコはUFCでもハイキックでバンバン蹴り倒すんだから。何も変わりゃしない。

ミルコのブログなどに見られる少年漫画の主人公のようなキャラクターとその熱意は、今思えばかなりの部分が凄腕代理人の今井さんによる創作、演出なのだろうと思う。そして、オレはこれも悪いとは思わない。むしろいい。大山倍達梶原一騎が、アントニオ猪木新間寿村松友視井上義啓が(多いな)いたのと同じようなもんだ。

今後のミルコがどれほど素晴らしい新ミルコ物語を生み出しても、今回露呈した「ミルコ物語の破綻」は永久に消えない。この傷を心に刻んだままミルコを応援し続けるのはしんどいことと思うが、同時に尊いこととも思う。まあ頑張ってくださいと、わりと本気で思う。

一方でしみじみ思う、人生とは我々がいくら考えても計りしれない、絶対に不思議なものだ。先日東京ドームで観た永田さんの姿が、オレにそう思わせる。

ミルコやヒョードルになすすべなく敗れた永田さん、ミルコに「ビデオを100回見てハイキックの勉強をしろ」と言われた永田さん、自分とプロレスの価値を地に落とした永田さん、誰からも軽蔑され嘲笑された永田さん。あの永田さんが腐らずに諦めずにただ愚直に地道にプロレスを続け、語り部もいないまま泥の中で泥のような「永田物語」を積み重ねた挙句、新日本プロレスという泥舟の中であれほどの突出して面白い試合をするプロレスラーになったのだ。

永田さんをバカにしてきた我々プロレスファンは、今や口を揃えて「ドームのベストバウトは永田さんの試合」と賞賛を惜しまない。はっきり言って相変わらず永田さんは一切カッコよくない。顔は昔以上にブサイクになった。しかし同時に、今の永田さんは間違いなくシビれるほどにカッコいいのである。

いま永田さんがミルコと闘ったら、2001年の大晦日同様に瞬殺されるだろう。これは普通にそう思う。しかしオレは、はっきり言ってミルコよりも永田さんのほうが強い人間だと思っている。これはいくら瞬殺されてもそう思う。オレは2001年の大晦日からこっち2人を見続けてきて、判っているのだ。永田さんはミルコよりも強い人間で、闘えばミルコに瞬殺され、ミルコよりブサイクで、ミルコの100倍カッコいい。永田物語はミルコ物語に勝ったのだ。我々は、そのことを知らねばならない。