「黒澤明 封印された十年」

黒澤明 封印された十年

黒澤明 封印された十年

黒澤明を好きすぎる映画評論家・西村雄一郎の著作。図らずもこの人の本を結構たくさん読んでいるのは、オレも黒澤明を好きだからだ。黒澤関係以外で有名な著作は「映画に学ぶビデオ術」で、望遠と広角の効果の違いが判らぬ人はあれを読めばいいと思う。
この本の白眉はやはり、著者と黒澤明本人との邂逅場面。黒澤明をテーマに卒論を書こうとしている大学生だった著者は、黒澤の自殺未遂に大ショックを受ける。数ケ月後、池袋あたりの名画座で「野良犬」だか「天国と地獄」だかを観ていると、隣の席にやたらデカいおっさんが座る。顔を見るとなんと黒澤明本人である。上映終了後、勇気を出して黒澤明に声をかける著者。かくして高田馬場ビヤホールで、黒澤ファンの大学生は世界の巨匠と話しこむことになるのだ。進行中の「デルス・ウザーラ」や、一時頓挫した「暴走機関車」への思いを語る黒澤明(本人)。公にはついに語られなかった自殺未遂の心境を語る黒澤明(本人)。しかもビールは黒澤のおごりである。ゴッチン!
この場面は夢のような幸福感に満ちている。いったい世の中の何パーセントの人々が、生涯の憧れの人と偶然出会い、一緒にビヤホールに行くなんて体験ができることだろう。西村氏はこのエピソードを様々な著作の中で何度も書いているが、何度読んでも感動するのであった。