黒澤明「夢」より、「赤富士」

夢 [DVD]

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映画館で黒澤明の「夢」を観たのは高校3年の時だった。作品には非常に感動したが、一方でなんかヤだなと思わされる部分も少なくない、奇妙な映画だった。

当時はバブル景気の末期だったが、国内には出資者が誰もいなかった。「夢」は黒澤信者のスピルバーグが一肌脱いでワーナーブラザーズを恫喝してくれたおかげでどうにか実現した、アメリカ資本の映画である。

この映画の評価は総じて悪く、マスコミはクソジジイ早く死ねコラというトーンだった。確かに黒澤明自身の主張を登場人物が工夫なくそのまま言いすぎている場面が多く、まあ評論家筋はそういう説教くさいのを嫌うよな。

原子力発電所が爆発する「赤富士」の夢は、特に酷評されたエピソードの一つだ。放射性物質が着色されてるという言い訳がましい設定を井川比佐志がしゃべる場面には、当時のオレも鼻白んだ記憶がある。原発は危険ですよと言いたいがために原発が爆発する話をつくるという方法論は、免許更新で見せられる交通事故怖いですよビデオと大差ない。なにしろ「夢」の話であるから、ちょっと子どもっぽくも思える。批評家の大半は、幼児退行した老人の妄想で醜悪だと評した。当時「夢」を褒めたのは淀川長治さんぐらいのものだった。批評家は核の恐怖を間接的に描いたイマヘイの「黒い雨」は褒めても、どうにも気がきいてない「赤富士」は安心してこき下ろす。やつらはそういうルールのゲームでメシを食っている。

しかし今になってみると、オレは「赤富士」のド直球ぶりに感動を覚える。「赤富士」がいい作品だとはいまだに思えないが、黒澤明はこんなもの凄いストレートをよく投げたもんだと思う。ここには核への恐怖を象徴するゴジラのような依代さえ登場しない。そのまんま、原発が爆発する。日本一の不幸顔である根岸季衣が、原発を推進した連中への呪詛を吐く。寺尾聡はジャンパーをふりまわし、放射能を払おうとする(放射能ってああやって払えるもんなのか?)。

2011年の我々は、あの頃老人の妄想とバカにした「夢」の、「赤富士」の世界を生きている。そりゃもちろん、あれほど極端に絶望的な状況ではない。しかし今、「赤富士」を笑える日本人がどれだけいるだろうか。金儲けのことばかり考えてる連中がいちばん偉そうにしていたあのクソみたいな時代、黒澤明原発がおっかないという映画を作り、ありとあらゆる罵詈雑言を浴びた。このことは、憶えておいたほうがいいような気がするのです。