棚橋弘至のハイクオリティ学生プロレス

ひどいタイトルですみません。先日行われた、7.1・新日本&全日本プロレス創立40周年記念大会。メインは棚橋弘至真壁刀義IWGP戦。これを観戦した馳浩がブログで酷評し、棚橋が反発という流れがあった。

ブラックアイ2 - 棚橋弘至が馳浩に反論「マジで的外れもいいとこだ」〜これは馳先生に話を聞くしかないだろう

なかなか面白いですね。オレは馳のジャイアントスイングの回数を客が大声で数えていた時代、これこそファミコン・プロレスじゃないかと呆れた記憶がある。その馳先生にして、苦言を呈さずにおれない試合だったわけだ。その試合はテレビで観た。別段、いつもと比べて特にひどいわけでもない。いつも通りの棚橋らしい、空虚なプロレスだったと思う。

棚橋は、2005年頃の暗黒期から現在の隆盛に至るまで新日を盛り上げてきた救世主的レスラーである。オレだって頭では判ってる。棚橋の試合は明るく、屈託なく、全力ファイトで、いつも好勝負の2.9プロレスで、試合後もエアギターや愛してまーすで観客を楽しませることを忘れない。暗黒期の新日にいちばん欠けていた「観客の当座の満足」を棚橋はコンスタントに提供し続けた。あの暗黒期はマジでキツかったからねえ、本来ならオレなんか棚橋に感謝しなきゃいけないくらいだ。あの数年間、新日にとっては棚橋こそが消えてしまった客を呼び戻してくれる救世主、レインメーカーだったのだ。棚橋は明るくて、チャラくて、ほどほど愛嬌もある。人気が出たのも頷ける。

しかし、オレにとっては実に物足りないプロレスラーである。

どうしても、棚橋の試合をクソ真面目に観る気が起きないのだ。どうもプロレスは基本的にケツ決めがあるらしいのだが(マジかよ信じられねえ)、棚橋の試合が発散する濃厚な「ケツ決め感」がオレにとっては耐え難い。試合開始から決められたケツまでの時間を、いわゆる好勝負で埋めればいい、それが仕事であると棚橋が考えているのが明白すぎるのだ。勝っても負けても棚橋の試合は同じに見える。棚橋は勝敗に興味がない。棚橋はただいい試合をすればいいと考えている。その棚橋の思うところの「いい試合」像のチンケさにもオレは盛大なる文句があるのだが、それ以前の問題として「今日の棚橋は勝つかな?負けるかな?」と思ったことさえないのである。どっちでも大差ないのだ、棚橋自身がどっちでもいいと思ってるんだから。いったい、棚橋は強いのだろうか? そんな問いに意味はない、棚橋自身がそこに興味ないんだから。

棚橋とはプロレスケツ決め常識時代をスイスイ泳ぐ、ゲロったプロレスラーなのである。棚橋は、ストロングスタイルという言葉を「呪い」と表現したことがある。確かに棚橋がやりたいプロレスにおいて、そんなしちめんどくさい概念は邪魔でしかなかろう。つまり、先日のIWGP選手権試合は最高によくできた学生プロレスだった(ちょうど相手も真壁だ)。クオリティが高すぎて、プロレスに見えちゃうプロレスごっこ。観客に迎合し、観客の喜ぶことしかやらないプロレス。その路線においては、確かに棚橋は指折りの高性能な選手だ。くる日もくる日も判で押したような好勝負を繰り広げ、空虚に盛り上がるものの何も残らない棚橋の試合。昭和新日の不穏な匂いを懐かしむ後ろ向きの腐れ中年プオタであるわたくしにとっては、居心地のよろしくないプロレスである。

しかし、なにも棚橋だけが悪いとは思わない。棚橋の周りにちゃんとクセがありエゴの強いレスラーたちが多士済々ゴロゴロしておれば、「棚橋プロレス」なんて容易くブチ壊せる筈なのである。だから棚橋が棚橋ヅラして新日のエース格に収まっていられるのは、新日全体の学プロ化が着実に進行しているからだろう。本来棚橋のようなレスラーは、脇役でこそいい仕事をして光る存在だと思う。あれで木村健吾くらいの立ち位置だったら、すげえいいレスラーだと思うんだよな。彼がエースをやらねばならぬ状況は、やはりお寒い時代だと思わざるをえない。

たとえば、一昨年に全日の諏訪魔が野次に怒って観客にマイクを投げつけた事件があった。もともとオレは諏訪魔好きだったのだが、この事件を知ってメチャクチャ好きになってしまった。観客はそこに、イライラを隠せない諏訪魔の衝動的な裸の顔を目撃したと思うのだ。プロレスのケツ決めをはみ出した、真実の瞬間を体験したと思うのだ。かつて大仁田にも、同様の事件があったんだよな。棚橋は、間違ってもマイク投げたりしてくれない。彼は、自分のプロレスから決してはみ出さない。

柴田勝頼がいればなあ、と思う。なにも柴田が素晴らしいプロレスラーだというつもりはないが、彼がこのような空気をあとさき考えずに即座にブッ壊す役割を期待された有望株だったことは間違いない。棚橋にとっても、柴田を失ったことは痛手だったと思うのだ。もうひとりの同期・中邑真輔は、エースの重圧から解放されて「進学校の不良」キャラになって生き生きとクネクネするばかりだ。いまさら中邑くんに多くを期待して背負わせるのも、なんだか悪い気がするんだよな。レインメーカーに至っては、オッサンのオレにはもうなにがなんだか判らない。アレなんなの? つおいの? 青義は勝つ! ゼアッ!

棚橋弘至 IWGP V11 ROAD [DVD]

棚橋弘至 IWGP V11 ROAD [DVD]