宇宙最強ドニーさんと「現代の武」を考える

ブルーレイで「カンフー・ジャングル」。今を生きるドニーさんの、今を生きる現代の映画でした。

「武」の再定義を模索するような内容で、実に興味深く観た。(★4)

もし、カンフーの達人が連続殺人を犯したら。「素手で人を殺せる能力」は現在、どのような意味を持つのか。「武」の再定義を模索するような内容で、実に興味深く観た。

多くの伝統武術は「法の支配」が世界を覆い尽くすより前、無法の世に必然的に生まれたものだ。ある武術は時の彼方へ消え去り、ある武術は現代にアジャストして意味を変えつつも生きながらえている。小乗柔術を大乗柔道に進化させ、精力善用・自他共栄を唱えた嘉納治五郎は、おそらく世界で最も早い時期にこの問題に向かい合った武術家だ。

この映画でドニーさんは、カンフーの達人にして連続殺人犯のワン・バオチャンを追う。ワンはかつてのドニーさんであり、道を誤ればそうなったかもしれぬ己の姿だ。「命を賭け、優劣を決する」ことへの妄執がワンを狂わせる。無法の世なら、そんな生き方だって通ったのである。かつて宮本武蔵は英雄であり、比類なき剣豪であり思想家であった。しかし、現代に宮本武蔵があのまんま生きていたらただのシリアルキラーですからね。人を殺さなくては自己を保てない、これは現代では病気と見做されます。ワンは女性刑事の銃で倒される。すべてを犠牲にして会得した奇跡のような身体技術が、一発の銃弾で無に帰すのが現代だ。

映画のラスト、最強への道は孤独で虚しいと述懐するドニーさん(宇宙最強)。自分の一門の60周年、70周年と続く未来の写真という結末は、ドニーさんが現代における武術の意味を、自分の人生の中に発見できたことを示している。それは、かつてイップ・マン(葉問)が辿った道なのかもしれない。そして香港アクション映画を支えてきた多くの映画人に向けた謝辞は、大陸の経済成長に吸収されてゆく香港映画界の「今」変わりつつある意味を考えさせてくれるものだった。