もったいなかった「海にかかる霧」

ブルーレイで2014年の韓国映画「海にかかる霧」。

プロデューサー(の1人)にポン・ジュノ。監督は「殺人の追憶」の脚本をポン・ジュノと書いたシム・ソンボ(初監督作)。脚本は「殺人の追憶」コンビのポン・ジュノとシム・ソンボ。2003年の傑作「殺人の追憶」のスタッフ配置を入れ替えただけみたいな映画だ。当然テイストも似通っているが、「殺人の追憶」よりは落ちる。まー仕方ないんだけど。

展開が予想できず面白かったので、予備知識なしで観るといいですよ。韓国映画の残酷やナマグサや憂鬱なのが苦手な人は避けたほうがいいと思います。以下、なるべくネタバレなし、でもちょっとネタバレな感想。

「船が揺れてない」問題と「漁師最強説」の落日 (★3)

肝心なところで船が揺れてない。特にこの話の100トンに満たぬ漁船なら、観客も船酔いにするくらい常に揺れてないとダメだ。霧が出てからの甲板上や機関室の中は、カメラがガッチリ安定していてセット丸出しだ。「シベリア超特急」の列車の中に匹敵するくらい揺れてない。これは本当に残念で、もったいないことだ。これ以外はたいへんハイクオリティな映画で、韓国映画らしいイヤなイヤな濃密な空気も、キャラの立った役者たちの存在感も素晴らしいのに。


オレ界隈で囁かれている「漁師最強説」によると、漁師ってのは半端じゃないんですよ。もうねえ、控えめに言って男の中の男。板子一枚下は地獄。そもそも自然を相手にするのを生業にしている連中は例外なく凄い奴らなんだけど、中でも船乗りは常時荒波に揺られているわけで、これは本当に凄いことなのだ。ウソだと思う人はちょっと漁船に乗せてもらってみてごらん、彼らの「オスとしての強靭さ」に圧倒されて自分なんか鼻クソだなと思うよ。ド素人なんか漁場に着く前にゲロ吐いちゃって、使いもんにもなりゃしない。ちなみにオレ界隈では他にも「炭鉱夫最強説」や「マタギ最強説」などが囁かれていますが、それはまた別の機会に。


最も過酷な環境で働く漁師たちには、阿吽のチームワークが必須である。しかるにこの映画の漁船、わざとそう描いてるんだろうけどチームワーク悪いんだよな。特に船長の人望のなさは致命的だ。この船長さんなかなか興味深い人物で、昔はブイブイ言わせてたらしいが、今は不漁でパッとしない。漁船は老朽化でボロボロ、生活費は前借り、カミさんは間男とセックス。しかし愛しいポンコツ船でだけ、自分は船長でありリーダーであり神であり父でいられる。過酷な海の狭い船上には古臭い家父長制が生きていて、そこにのみ彼の人生がある。陸(おか)の人生なんて本当じゃないのだ。そんな最後の砦も、自分の過ちによって崩壊させてしまう。「オス」の神話の終焉を見るようで、なんともやりきれない。実に韓国映画らしい苦味だった。


童貞少年を演じた役者は韓国の人気イケメンアイドルだそうだが、本当にボサッとした田舎童貞にしか見えない。この高い演技力と映画への献身、あちらのアイドルさんは本当に立派です。日本のアイドルなんて実写両さんに実写ハットリくん、実写怪物くんやスシ王子だからな。まあ、それはそれでアレなんだけど。