末世に現る 「大仏廻国 The Great Buddha Arrival」

1934年(昭和9年)に公開された映画「大仏廻国 中京編」(監督:枝正義郎)は部分的天然色、スタンダードサイズのトーキー作品だ。戦争で焼けたのか、フィルムは現存しないとされている。いつかどこかで見つかったらいいなと思うが、フィルムの存在は確認されていない。せめて映画を観た人の証言を聞いてみたいものだが、たとえば公開当時20歳でこの映画を観た人は2018年現在では104歳になってるので、なかなか難しいと思われる。

特撮の原点 帰ってきた『大仏廻国』(資料編)

この「大仏廻国」を現代にリメイクしようとするクラウドファンディングを知り、何も考えず即座に3000円を入れたのが去年の5月。このプロジェクトの目標金額は500万円だったが、募集が終了した時点の支援総額が12万9000円。あーこれはダメかな、残念だなあと思っていたところ、どうやら別のクラウドファンディングサイトでの募集がうまくいったようで、めでたく映画は作られた。そして昨日、3000円ぽっちだが出資者であるわたくしは大宮で行われた上映会に行き、2018年の「大仏廻国 The Great Buddha Arrival」を観てきた。


豪華キャスト続々!映画『大仏廻国 The Great Buddha Arrival』予告編2

聞くところでは今回オレが観た作品はまだ決定版ではなく、このような試写を重ねては観客の意見を聞いて再編集、再々編集と直してゆくらしい。最初の試写は12月8日で約75分、観客のご意見を受けて22日バージョンでは大胆に切って約55分とのこと。是非クラウドファンディングのメッセでご意見をどうぞ、と言っていただいたのだけど、ここに感想を書く。本当に申し訳ないが、正直に書く。書く前に大前提をハッキリさせておくが、映画を作るやつが凄いのであって、たかだか3000円出したぐらいで家でゴロゴロしてたら映画ができたらしいので試写に呼んでもらったうえにゴチャゴチャ不平を言うやつが凄くないのである。家で寝てれば楽チンだろうに、自分の名前で莫大なエネルギーを費やし映画を作って広く世に問う、これが立派でなくて何なのだ。そういう立派な「創作者」に向かってオレの如きクズがものを言う以上は、せめて正直であらねばならない。以下は「大仏廻国」 2018年12月22日バージョンの感想。箇条書きで失礼、見当外れならご容赦を。

  • 問題を感じた部分は多かった。最大の問題は、主人公「村田」の造形がボヤけている、というより造形がちゃんとなされていないことだと思う。彼はテレビ番組(地上波からBSCSネット番組までいろいろあるが)を制作するスタッフ、たぶんディレクターなのだが、その番組がどこまでできていて、彼が何をやっていているのかが全然判らない。アバンで、彼は宝田明のコメントを撮る。仕事場のPCで、女性レポーターの映像を観る。このレポートは彼が自分でロケした素材なのか、なにか他の番組の映像なのかが不明瞭だ。前後関係の記憶がちょっと曖昧なのだが、村田がプロデユーサー(大迫一平)に白黒写真を見せて企画を進めようとする場面もある。村田は「大仏が歩いた」事件を取材して、自分のVを作る気があるのだと思う。しかし困ったことに、やる気があるようには見えない。
  • 村田は愛知県東海市聚楽園公園を訪れる。聚楽園駅から出てくる彼の様子からして、ここに来るのははじめてのようだ。この時の村田は小さなショルダーバッグを背負い、ビデオカメラをむき出しで手に持っている(なぜだ)。聚楽園公園を歩く。聚楽園大仏を見て、カメラを構える。そのカメラにはワイヤレスマイクの受信機がついており、しかしキャノン端子はカメラに刺さっておらずブラブラしている(なぜだ)。すぐにカメラを降ろし、RECするでもない。いったい、彼はわざわざ聚楽園に行って何をしておるのだろうか。三脚さえ持ってないのである。取材でもなんでもない。彼が何をどのように作っているどんな男なのかが全然判らないことは、オレには大きなストレスだった。演じた米山冬馬氏は、序盤にブサメンやんけと思ってたら後半どんどん愛嬌ある感じに見えてきて味わい深かったのだけど。
  • 次に気になったのが、ロケーションの貧しさだ。戦前の白黒パートで少しだけ映る室内は、現代の建売住宅にしか見えない。ここは昔ながらの日本家屋であってほしかった。屋外の風景も戦前には見えず、ただの現代の郊外だ。動きのある後半、地理は全然判らなくなる。村田の制作会社が関東のどのへんで、走る土手がどのへんなのか。住宅街や土手も厳しかったが、緑地公園の野っ原はさすがにショボすぎる。東京を歩く大仏の雄大なスケール感とは、イメージが分断されてしまっている。いかにも自主制作映画によくある「そのへんで撮った」感じに見えるのだ。あー、オレが3000円じゃなくて100万円とか支援できていたら、時間と金と手間をかけて探しあてた理想の場所で撮影できたかもしれなかったのに… オレが貧乏なせいで申し訳ない… などと、クラウドファンディング参加者ならではの妙な気分を味わった。だがラストシーンのロケーションは大当たりで、かなり挽回している。
  • 1934年の映画「大仏廻国」を再現した白黒映像はメチャクチャよくできており、目を見張る。また、この映画最大の見せ場、現代の東京を歩く大仏の映像も実に見応えがあった。CGの出来映えはたいへん素晴らしい。それだけに、誰でも気になる大仏の足元を徹底して見せないことには不満が残った。勿論、大仏の遠景に負けないクォリティで足元の映像を作るのは極めて難しいことと思われる。リアリティを失う危険が大きすぎるとの賢明な判断かもしれない。でも挑戦してほしかったな。
  • 後半、宝田明がテーマめいたことを台詞で言ってしまうのは実に気まずい。映画が描くべき現代社会の問題を、スター宝田明の喋りに外部委託してしまった印象だ。しかしそれ以上に、なぜだかよく判らぬうちに世界があのような有様になってしまった状況下で、村田が「数字(視聴率)」に触れたことに、オレ個人は心底がっかりしてしまった。それはモロに俗物の吐く生臭い言葉であって、大仏さまが廻国したことの結果が「数字」では、ホトケさまが泣きはしないか。村田という人間を、とうとう最後まで理解できなかったのが残念だ。たとえば村田が自殺を考えてるような男だとしたら、枝正監督の言葉も胸に響いて腑に落ちるかもしれぬ。しかし、そんな男ではないよなあ… 大仏さまは、歩いてるだけで美しい。理解を超えたものであってくれて構わない。しかし登場人物のことは、理解したかったと思うのだ。
  • 申し訳ないが、ジェット自転車は不要と思う。大仏以外に「普通でないもの」はいらないと思った。
  • 音楽は素晴らしかった。映像や展開と噛みあっていた。

いろいろ文句を並べてしまいましたが、この極めて特異な企画、無茶な挑戦が成功することを願っております。