「ルース・エドガー」 息ができない

近所のシネコンで「ルース・エドガー」。アメリカで去年の8月公開された映画が、ようやく日本にやってきた。これはまさに今こそ観るべき映画でしたよ。土曜夕方の回なのに、観客はオレともうひとりしかいなかった。ヤレヤレ高松だぜ。

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映画『ルース・エドガー』公式サイト

公式サイトや予告編の惹句では、主人公の少年がいい人なんかなー悪い人なんかなーの謎の人物ミステリーみたいに書いてるけど、全然そんな映画じゃないと思ったよ。人間をなめるな、十傑集をなめるなと強く訴える、骨っぽい映画だった。以下感想、ネタバレあるので気をつけて。

黒人差別は当然背景にあるんだが、何よりも「他者の人生を尊重しない」連中に囲まれていることが、少年ルースを苦しめている。全然自由の国じゃない。 (★4)


オクタヴィア・スペンサーという女優、コロコロしててオレ好きなんだけど、彼女がこの映画で演じた高校教師はクソクソすぎて思わずケツが2つに割れたぜ。ああクソ、こういう教師いるよ。生徒を「扱う」政治屋だ。型にハメることでしか世界と関われないんだ。哀れとも思うが、自分が高校生ならこんな教師悪夢そのものだな。いやホント素晴らしい女優です。


こんなレビュー高校生が読むわけないんだけど高校生よ、間違っても教師の言うことなんか真に受けるなよ。教師にとってお前は40分の1の人間だ(きょうびは少子化だから30分の1か)。しかも3年で目の前から消えてなくなる、ベルトコンベアに載って流れてゆくジャガイモの山にすぎない。そんなやつの言うことなんか、ハナクソみたいなもんだ(教職の方々すみません)。


型にハメるのは養父母も同じだ。息子の人生が息子のものだということが判ってない。だから息子がセックスした程度でバカみたいにショック受けてんだよな。息子の思想をコントロールできると信じて疑ってないんだ。いやーナオミ・ワッツもティム・ロスも、非の打ち所のないよきママよきパパですよ。でも残念でした、クソなんだ(親御さんの方々すみません)。養子に迎える際、母親は彼のアフリカンな名前が発音できず、新たにルースという名をつけたという。この話にはビックリした。彼から名前を奪ったのだ、彼の7年の人生を消したのだ。なんという傲慢であろうか。絶対に許されることではない。


少年ルースの世界に対する反応は、極めて妥当なものだと感じる。ミスター・パーフェクトを演じながら、世界を手玉にとって生きてゆくしかない。そうせざるをえないように彼を追い込んだのは、このクソみたいな世界の方なんだ。「息ができない」、2020年5月25日、ミネアポリスで警官に殺されたジョージ・フロイドも今際の際に同じ事を言っていた。


この映画のラストシーンは、ひとり街を闇雲に走るルースの姿だ。カメラはトラックバックしながらルースを正面から捉えるが、走ってるからルースの顔はブレてよく見えない。よく見えないが、顔をクシャクシャに歪めている。これだ。このよく見えないクシャクシャが、誰も見たことのない、ルースの本当の顔なんだ。もうねえ、このクソな世界でなんとか元気で生きてってくれよと、祈るような気持ちになったな。

予告編でも少し流れる音楽、ドゥーン ドゥーン(ヨッ) ドゥーン ドゥーン(ヤッ) みたいなのがクセになりますよ。