「選挙と鬱」 生きていくしかない、これがこの国の選挙であっても

先日、2025年の参議院選挙が行われた。オレは公示日が明けてすぐ期日前投票をした。選挙区は日本共産党候補に、比例代表は日本共産党に投票した。

この選挙はまったく異常だったと思う。参政党なる様々なカルト宗教から支援を受けた新興政党が古典的なファシズムで注目を集め、毎日アホみたいな嘘ばかりつき、メディアは批判とファクトチェックに忙殺され、それを目にした何も考えない大衆が単純接触効果でなんか流行ってるっぽい参政党に投票するという地獄のような選挙になった。党首や候補者はマルチ商法まるだしのペラペラトークとカルト宗教まるだしのガンギマリフェイス。流行りと衆愚とタイミングが合致したことによってたまたまこうなった、再現性のない異常な結果であると今は信じたい。

さて今回よりはずっとまともだった2022年の参院選、まあ途中で安倍ちゃんブッ殺されたりもしましたが、これに出馬した水道橋博士を取材した映画「選挙と鬱」を観てきましたよ。参院選の投開票翌日、最悪の気分でな。しかしまー、選挙ってそもそもまともなもんじゃねえなと思ったよ。以下感想、結末に関するネタバレあり。

「選挙と鬱」 高円寺での水道橋博士

こんなバカバカしいものは絶対に最善の方法ではない (★3)


選挙映画を観るたびに思う。選挙が民主主義の根幹であることはさすがにオレも疑わないが、こんなバカバカしいものは絶対に最善の方法ではない。もっといい方法を人類が思いつかないから、ずーっとバカやってるんだ。


なんせ浅草キッドには昔から一目もニ目も置いてきたこのわたくしにして、「博士、なにバカやってんだよ…」と幾度もウンザリさせられた。バニラ求人テーマソングの替え歌を歌い踊る博士。選挙カーから政治家のモノマネを撒き散らす博士。自分が気持ちよければ何でもいい三又。あっ、三又が入っちゃった。


いずれも負ければゴミの選挙という過酷なイベントが候補者に要求するふるまいであったり、その要求に候補者が反発してあえて晒す愚行だったりである。選挙のプロみたいな参謀が現れて、博士チームに指導する。指導のすべては、選挙という形式において理に適ったものだ。短いフレーズ、短い話。連呼。選挙カーの速度。候補者としてのふるまいかた。しかしいわゆる「選挙に強い政治家」や「選挙に強い参謀」が、世の中を良くすることにほとんど関係ないという事実には、毎度やりきれない気分になるのだ。選挙のプロ。なんだその人生、虚しすぎるだろ。


そもそも選挙ってムダに大変すぎるのだ。猛暑の夏に行われる選挙なんて特にそうだ。熱中症で倒れる(あるいは死ぬ)政治家が、今後出ないとも限らない。そんなズレた頑張り、政治家が本来やるべきこととまったく関係ない。


またカルト宗教とつながったことがある政治家は、安倍晋三のようにいつどこで誰に殺されても不思議はない。まあカルトに繋がるってことは殺される覚悟くらいしてるに決まってるしオレもまったく同情しないが、殺人を見せられるのは気分悪い。安倍は生きざまも醜悪だったが死にざまも醜悪だった。


異常な条件下で行われる、選挙という祭り。「香川1区」のコメントでも書いたが、これを経験して尚まともでいられる人間は少ない。政治家の人格、世界観にも悪影響があるだろう。逆に選挙を経てなんら心境に変化のないやつは、もともと異常なやつなのだとも言える。博士の顛末は御存知の通りである。

pencroft.hatenablog.com

以上が映画を観て思ったことで、以下は映画『選挙と鬱』について。


テロップや音楽に見られるファミコンの意匠は、何をはしゃいでおるのかと不快だった。博士に対する青柳監督の接し方も、どこかお客さん然としてるように見えてどうなのかなあと思う。まあ確かに玉さんと違ってそもそも博士は難しい人で、どうしたって緊張感は伴うし距離感も難しかろうとは思うが。


ひとまずの映画の結末、博士のフリにまんまと「キッズ・リターン」のセリフを「言わされる」監督にガッカリしたことも書いておきたい。これをオチにすればよかろうと博士は考えたのだろうし、それは苦労をかけた監督へのアシストでもあったのだろうと想像はできる。しかしそれに監督が乗ってはダメだよ。