レザーフェイスが死んだ

奇しくも昨日ステーキを食わせてもらった松永と縁の深い怪奇派レスラー、レザーフェイスが亡くなった。
1990年代、数々のインディペンデント団体が繰り広げるメチャクチャなプロレスが狂い咲いた夢のような時期があった。自分と同じような文無しのクズどもが全てを変える奇跡を起こすかもしれないと夢想したあの時代、持たざる奴隷が皇帝を撃つところを目撃したくて後楽園に通いつめたあの時代、あれは間違いなくプロレスにおけるニューシネマだった。
当時インディーの雄・大仁田厚がメジャースタジオの向こうを張って「ゾンビ」を作っていたとするならば、W★INGの存在はまさに「悪魔のいけにえ」そのものであった。
オレがレザーフェイスとはじめて遭遇したのは、1993年5月5日、小田原駅前旧市営球場特設リング、松永対レザーの釘板マッチ第二戦目であった。チェンソーの爆音とともに、客席に向かって全力疾走してくるレザー。速い。デカい! 死ぬ! もう走った走った。逃げた逃げた。並べられたパイプ椅子とかグチャグチャになって、客席なんか全部なくなってしまった。この非日常空間の凄さ、経験した者でなくては到底理解できないだろうな。だって小田原駅前の空き地にリングがあって、周りにパイプ椅子が並んでるだけで結構な非日常空間ですよ。ハレの世界ですよ。レザーはそれを全部ブチ壊すんだよな。焼け跡みたいになった客席から立ち見したデスマッチの細部はほとんど覚えていないけど、あの空間の印象は強烈だった。その後オレは後楽園ホールで何度もレザーから逃げ惑ったけど、あの小田原ほど身の危険を感じたことはない。
実体験には遠く及ばないとしても、W★INGビデオの詳細なレビューをしているナイスガイがいたのでリンクを張っておく。全部読めよ!
http://www5d.biglobe.ne.jp/~t-shirt/wing/2016/1.html
ポーゴ、松永、レザー、キニョネス、こいつら最高だ。こいつらホント最高だ… そしてキニョネスもレザーも、もういないんだな。