「白い牛のバラッド」 It's hard out here for a widow.

イランでは上映禁止。ホラー映画の「各国で上映禁止!」じゃなくて、マジのやつ。

イラン映画の「白い牛のバラッド」。極東の島国の田舎にいながら、行ったこともないイランの問題を我が事のように感じられる。こういうのが映画のいいところだよなあ。淀川さんもそんなようなことを言ってた記憶がある。ネタバレ厳禁の映画なので、観てない人は以下の感想を読まず、まず映画を観てください。読むなよ絶対読むなよ!

白い牛のバラッド(字幕版)

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  • マリヤム・モガッダム
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なんせ過酷なんよ (★4)


この後家さんは何ひとつ悪いことしてないのに、まったくなんということだ。パキスタン映画「娘よ」やアフガニスタンを描いたアニメ「ブレッドウィナー」でも描かれていたが、イスラム教圏の女性の人生は過酷すぎる。人権もクソもない。


亡夫の弟がクソ野郎で、実家に戻れ、さもなきゃ親権を奪うぞとしつこく脅してくる。弟がちょっと後家さんの手を触る場面があるでしょう。あれ怖いんですよ。イランではレイプされた女が罰を受ける。石を投げられる(比喩ではなく投石刑というのがある)。女性が「レイプされない」状態でいられるかどうかは男の気分次第なのだ。


自分は歴史にも宗教にも暗いド素人だが、わたくし思うに環境が過酷なのがいかんと思う。砂漠や荒野、岩山ばかりの厳しい自然環境では生き残ったやつが正義で、人権なんか大事にされません。生じる文化も過酷なものにならざるを得ぬ。中東には「敵の敵は味方」みたいな、やたら戦闘的な諺がたくさんあると聞く。


気の毒な後家さんを助ける、謎の男レザ。こいつの正体は正体として、紳士的なレザに後家さんもだんだん心を開いてゆく。かわいい娘もなついてゆく。このへんのメロドラマが実にいい感じだ。この映画には、後家さんが口紅を塗る場面が2回ほど出てくる。この水準の映画が、意味もなく同じことを漫然と繰り返すわけがないのだ。あの口紅はレザに対して後家さんが女になった、つまり「関係した」ことを示すのではないか。或いは「関係してもいいと思った」表現なのではないか。あのねえ奥さん、お気持ち判りますよ。「遙かなる山の呼び声」の倍賞千恵子でしょ。判ります。


心を許した彼の正体が判明する、凄まじい緊張感の長回し。その後、後家さんに促されたレザが牛乳を飲む。ダサい説明台詞なんか何もない。後家さんはそうするしかないところまで追い込まれており、牛乳を飲むレザもどこかで判っている。こうなるしかないと感じている。


これが西欧の映画なら、レザをアレした後家さんはひとり「ジャッキー・ブラウン」よろしく「110番街交差点」をキメたかもしれない。なんなら子連れでレザと逃げたっていい。だが絶対にそうはならんのだ。イスラム教の中で生きてきた彼女は、そうはならんのだ。彼女の頭上には女性差別の膨大な歴史がのしかかり、彼女をとり囲むのは広大な女性差別の社会だ。


テヘランの司法は言う、冤罪は過ちだったが、これも神のご意志である。ここでは神が、男たちの過ちの方便になっている。社会を改善しない方便になっている。レイプしたのは悪かったが神のご意志だ。殺したのはすまないが神のご意志だ。そのしわ寄せのすべてを、女性が負わされる社会。そこで生きる女性自身が、「世の中そういうものだ」と思わされてしまう地獄。吐き気を催す残酷とは、暴力よりも差別よりも、精神の自立を奪われてしまうことなんだ。


オレが観た数少ないイラン映画のひとつにアスガー・ファルハディの「別離」(2011)という映画があって、これも素晴らしかったんだよな。今年の4月に公開されるファルハディの新作「英雄の証明」も楽しみにしております。イラン映画、なんでこんなにレベル高いんだろうな。

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