右目と左目、弱り目に祟り目

人さまに読んでいただくにはつまらない話なのだが、自分にとっては結構な大事件だったのでここに書いておく。あのー、病気とか手術とか痛そうな話が苦手な人は読まないでね。

去る1月中旬、不意に右目がよく見えなくなった。視界の8割を、灰色のスリガラスが覆っているような感じだ。左目は普通に見える。なんじゃろなあと思いつつ、なんとかごまかして数日暮らした。しかし一向に見えるようにならない。片目ではあったが、Amazonに注文していた本が届いたのでゴロ寝しながら読んだ。プチ鹿島氏の「ヤラセと情熱 水曜スペシャル『川口浩探検隊』の真実」である。これは実に面白かった。

数日後、高松市内の目医者に行った。2時間ぐらいかけていろいろ検査された挙句、医者から告げられた。

「網膜剥離です。放置すると必ず失明します。今は見えてても左目も危ない。いつ剥離してもおかしくない」

網膜剥離? 網膜剥離? 網膜剥離って辰吉丈一郎がなるやつやんけ。なにそれ怖い。わたくし日常的に顔面パンチを受け続けているわけではないのだが、医者が言うには網膜剥離とは外傷が起因とは限らず、ワケもなく不意になっちまうことはあるのだという。浪速のジョーならぬ讃岐のジョーである。

とにかく手術だ、何はなくとも至急手術すべし、シリツだシリツだと医者は言う。原因なんか知るか、剥離してんだから治すだけだと言う。ただしここでは手術できないので、大学病院に行け。紹介状は書いてやる。すぐ行けよ絶対行けよ。

とはいえこの日は週末だったので、週明けに市外の田舎にそびえ立つ大学病院へ行った。ここでも同様の検査をひと通り受けた。医者いわく、「今すぐ入院。あした右目を手術。左目はレーザーで今すぐ治療する」 なんだそのスピード感。

網膜剥離の初期段階はレーザーで治療するそうだ。網膜をレーザーで焼き固めるのだという。ルドヴィコ療法状態で左目を開いた状態で固定され、レーザーを数十回バチバチ打ち込まれてイテテ、イテテ。目の奥にホチキスをバンバン撃ちこまれるような感覚だ。知ってるか? レーザーって黄色いんだぜ。とりあえず、左目はこれで大丈夫らしい。

右目の網膜はすでに剥離しちまってるので、手術になる。医者から説明を受けたのだが、網膜をアレするとか硝子体をナニするとか、内容が怖すぎて詳細は忘れてしまった。眼球を直接あれこれいじくるわけで、これはたいへんなことである。手術中は局部麻酔で、じっと我慢して耐えねばならない。手術は何分くらいかかるのか恐る恐る聞いてみたところ、「1時間半」だという。いやいやいや、無理無理無理。お前は何を言ってるんだ、目ん玉飛び出るストロングスタイルかよWJかよ。恥も外聞もなく医者に泣きついて、全身麻酔で手術してもらうことにした。大学病院の麻酔科医が忙しいため、手術は翌々日になった。しかし朝から晩まで様々な患者に片っ端から麻酔をかけて眠らせるなんて、世の中にはいろいろな仕事があるものだ。麻酔ゴッチャンです。

全身麻酔と手術はうまくいった(らしい)。麻酔から覚める時には悪夢を見た。いわゆる「せん妄」というやつだろうか、オレは第一次大戦の塹壕の冷たい泥の中に埋もれて隠れているのだが、上からバリバリ機銃掃射されてアイテテ痛いって死ぬって、やめろやめろわしゃ死ぬって痛いって、という内容の悪夢だった。あとで看護師に聞いたら、やめろーやめろとうなされていたそうだ。お恥ずかしい。

手術後は右目に眼帯のままうつ伏せ、或いは横臥で安静にして10日間ほど入院という地獄。メシはまずいしタバコも吸えない。入院患者に人権はない。

入院中あまりにもヒマだったので、スマホを駆使して競馬をやった。スマホでは情報の一覧性が決定的に弱いため、実に苦労した。東京の根岸Sは固い決着で外したが、中京のシルクロードSはナムラクレアとファストフォースで決まり、81倍の馬連を的中させた。これはまったくもって壮挙であり、白ビル監禁状態の独眼竜オレ様にとっては大いなる慰めである。ムショで聴く「フィガロの結婚」どころの騒ぎではない。生涯忘れられぬ的中となった。

そんなこんなでようやく今日になって退院し、シャバに戻ってきたという次第である。右目の中には特殊なガスが注入されており、ガスの内圧で網膜を内壁に押し当てて貼りつけてるんだそうだ。ガスが自然に抜けるまでの数週間、右目はボケててよく見えない。ガスが抜けたところでいったいどこまで回復するやら、あんまり回復しないかもしれないが、まあしゃーないよな。失明しないだけでも御の字だ。

ちなみに失明したら「失明した時はショックで目の前が真っ暗になりました」という筒井康隆のギャグを言うつもりだったのだが、本当に真っ暗になる前に治療を受けられてよかった。医学の進歩は素晴らしい。もっとも医学がさらに進めば、失明しても士郎正宗の「アップルシード」のブリアレオスのように8個の目を持つ屈強なサイボーグに生まれ変われたのかもしれないが。

オレは今50歳だが(マジかよ信じられねえ)、50歳を過ぎるとまるで借金を取り立てられるように健康が奪われてゆくと感じる。そしてつくづく思う、人生から「観る」が失われなくて本当に助かった。キレイな景色を肉眼で見られんでも別に構わないが、「映像を観る」ことはオレの人生で最重要の根幹であり、失うわけにはいかなかった。もし右目が回復しなければVR映像や3D映画は諦めなくてはならないが、ま、それらは別にそんな好きでもないしな。「アバター」も2Dでいい派です。条件はあるが車の運転も片目で可能だ。キャプテン・ハーロックなんか片目でアルカディア号操縦してるからな。座頭市なんか全盲なのに、いや、まあいいや。

実は1年ほど前から飛蚊症がキツくなってきたなーとは感じていて、そりゃ今にして思えば網膜剥離の前兆だったのかもしれない。しかしだからって、それだけでなかなか眼科検診には行かないよなあ。行けばよかった、は今だから思うことなのだ。まーオレは今後もたびたび目医者に通うことになるが、皆さんも何も不自由なくても意味もなくなんとなくたまには眼科検診してみては如何でしょうか、もしかしたらヤバい眼病を未然に防げるかもしれません。とは書いてみたものの、まー不自由なければ普通は行かないよなあ。眼科にはもっとエンタメ性が欲しいところだなあ。

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