柳澤健「1984年のUWF」と、オレの「U」

1976年のアントニオ猪木」ほか、クッソ面白い数々の著作で知られる柳澤健さんの新作「1984年のUWF」を読んだ。

自分は雑誌「Number」での連載は断片的に数えるほどしか読めておらず、今回の単行本でまとめて読んだ。寺田克也画伯の装画がメッチャカッコいい。だがズバリ言って、「ああ、いい本を読んだなあ」という満足感は皆無だ。これはそんなに単純な、簡単な話ではないのである。読み終えた時の自分の表情は険しかったと思う。様々な感情が去来してウーン、ウーンと唸りをあげるばかりだった。要するに動揺し、狼狽したのだ。

2年ほど前、柳澤さんの次回作のネタがUWFであると聞いた時、オレはギクリとしたのだ。実は早くもイヤなイヤあな予感があったのだ。UWFという現象、思想、共同体、運動体、道場、興行、報道、文学、あれやこれやそれらには様々な「史観」が乱れ飛んでおり、およそ簡単には総括できず、人それぞれの中に我思うUがあり、故にUあり、国破れてサンガリア、表に現れた事象だけとってもいろいろな人がいろいろな事を語っている「藪の中」状態。しかし柳澤健が書くとなれば、これはもう強い説得力と鋭い筆致でビッシビシ総括してしまうだろうから、わたくしとしてはアッ、ちょっと待ってください!(山本小鉄)という心境だったのだ。つまり恥ずかしながら、自分の中のUの記憶のカサブタはいまだに癒えてないのだ。このカサブタだけはひっぺがさないでくれ、あの頃の煮えたぎるグチャグチャを断罪しないでくれ、関係者みんなくたばるまであと30年くらい待ってくれ、という弱音も本音の一部だった。

1972年高松生まれのオレは「1976年のアントニオ猪木」に間に合わなかった(4歳だったからな)。記憶にあるのはスタン・ハンセンやタイガー・ジェット・シンアンドレ・ザ・ジャイアントらと闘う猪木だ。小学3年生から5年生の頃にかけて活躍したタイガーマスクには夢中になった。タイガーはすべてのガキどもの英雄だった。また、1983年高松市民文化センターで行われたアントニオ猪木前田明(当時)の唯一のシングルマッチ(第1回IWGP公式リーグ戦)をオレは2階最前列から生観戦している。これは一生の自慢である。若き前田がスープレックスを幾つか披露し、猪木の適当な延髄斬りでピンフォールされた。オレは声を枯らして猪木を応援したものだ。高松市民文化センターには様々な思い出があるが、今はもうない(高松市民文化センター Wikipedia)。そして同年6月、IWGP勝戦の猪木失神事件には度肝を抜かれた。人間不信!

四国高松のガキだったオレにとってテレビ放送のない第一次Uは、週プロや大スポの中で時折見かける「白黒写真」だった。新日を退団したタイガーマスク佐山サトルや前田や高田やシロネコ(山崎一夫)や藤原が、ロープに飛ばずキックしまくる地味なプロレスをやっている「らしい」団体だった。相変わらず新日はテレビでやってたし、オレは普通に藤波対ディック・マードックなんかを手に汗握って観てたと思う。第一次Uが地方興行で苦戦したのも当然だ。

前田日明たちの新日Uターン(Uだけに)時代は鮮やかな興奮に彩られている。そしてオレが高校生になった時、新生UWFが旗揚げした。UWFは大ブームになり、前田はリコーのCMや缶コーヒーWESTのCM、「斉藤さんちのお客さま」などのテレビに出まくり時代の寵児となった。前田には強烈な魅力があった。中二病という曖昧な言葉を使うのには抵抗があるが、あの頃の前田日明は「男の中の中二心」を最大限刺激する存在だったと思う。ウルトラマンの敵ゼットンを倒すために起った志、大阪の喧嘩屋という出自、暴力と知性を併せ持つ純朴な人柄、黒髪のロベスピエール朝日ジャーナル少年マガジン、片手にピストル、心に花束、唇に火の酒、背中に人生を。アアア〜。

オレは週刊プロレスUWF増刊号を握りしめながら、このクソ高校を卒業したらこのクソ田舎を出て東京に行ってUWFを観るのだ、そう思っていた。しかしオレが高校を卒業する直前、Uは分裂崩壊した。フロントと前田の対立を伝える週刊プロレスの誌面には、異常に細かい文字で横領疑惑だの株式保有だの会計監査だの弁護士事務所だの、ワケの判らぬ記者会見の記事が載っていた(あの号マジで凄かったよな)。1990年12月の松本バンザイ事件を経て第三次U再出発かと思われたが、年明けの前田の自宅における集会でパーとなった。上京してからのオレは青春の幻想のかけらを拾い集めるように各U系団体(主にRINGS)を渡り歩いた。 …と言えば聞こえはいいが、実際は新日に全日にFMW、WARにW☆ING、対抗戦時代の女子プロレスなど、90年代に花開いた爛熟のプロレス文化を満喫する立派なボンクラになったわけだ。

1984年のUWF」はオレの疎い「第一次U」を中心に描いている。この本ではじめて知ることもあり、グイグイ読ませる。佐山が去った後の新日Uターン時代や新生UWF以降のことは、たいへん駆け足のダイジェストになっている。しかしですね、どの時代にもいろいろあったんですよ。それはもう、本当にいろいろなことがあったんですよ。いつだって大変だったんですよ。旅館とかブッ壊したんですよ。全部書いてりゃ何冊書いてもキリがないかもしれないんだけど。この本が新生UWFをある種の空虚な時代としてアッサリ描いていることに、オレは到底納得できない。いや実はこの本の通り、確かにまったくもって空虚な時代でもあったんだけど、でもだがしかし、決してそれだけじゃなかったんですよ。新生Uは佐山思想のパクリで人気になったわけじゃない。いや概ねパクったのは事実であっても、それが人気の原因ではない。新生Uのブームは、前田日明という人間が時代にハマったことに尽きるんですよ。大衆はタイガーマスクに恋をしたけど、佐山サトルとその思想、シューティングが大衆に愛されたことなんか一度もなかった。タイガーマスクだけが愛されたのだ。このことは佐山を長年苦しめただろうし、ある時は救いもしたかもしれない。そして前田は、この本の中でターザン山本が言うような「カネと女とクルマにしか興味がない」人間ではない。三島や太宰、ゼロ戦マッキントッシュ、日本刀やサバゲー、巨乳AVにも興味あるんやで。

この本がジェラルド・ゴルドーや神新二、ターザン山本堀辺正史ら、発言そのものをまずは半信半疑で聞くべき面々の言葉を、けっこうそのまんま受けとめて書いているのも気になるんだよなあ。そのあたり、愛読するブログのふるきちさん(id:fullkichi1964)が、この本(連載時)についての反感や感心を率直に書いている。
リトマス試験紙としての「1984年のUWF」。 - ふるきちの、家はあれども帰るを得ず。
この記事内のリンクから、連載当時のふるきちさんの感想をすべて読んでいただきたい。前田対ニールセンについての記事なんか、胸を打たれます。「1984年のUWF」は、ふるきちさんの言う通り「リトマス試験紙」なのだと思う。さしずめオレなんかダメな口だ。いまだに前田が何を言った誰をディスったに過敏に反応して動揺してしまう。人生の一時期、前田日明はオレの英雄だった。そして今も、どこかしら現在進行形の存在なのだ。もうねえ、いっそ早いとこ死んでほしいですよ。そうすりゃいくらか、心が休まります。

なぜか冒頭に登場し、Uの話を読もうとしていた我々読者を戸惑わせる「北海道の少年」中井祐樹が巻末に再登場して、UWFの始まりから終わり、この長かった時代を振り返って俯瞰してみせるくだり。ただただ感慨深く、グッとくる。振り返るだけならわたくしのようなクソプオタでもいくらでもできるんだけど、時代の中で価値観を揺さぶられながら、時代の中に偉大なる足跡を確かに残してきた中井祐樹が振り返るからこその絶大な価値がある。正直言って文句や反感を少なからず覚えた本書なれど、この人選には脱帽するしかないのであります。

追記

ああ、またやってしまった。柳澤健「1985年のクラッシュ・ギャルズ」を読んだ - 挑戦者ストロング
で書いたような、「八百屋に行って魚がないと文句つける」式の書評をまた書いてしまった。なにしろタイトルが「1984年のUWF」なんだから、新日Uターン時代や新生Uやそれ以降のUの顛末は、ハナからこの本が描く時代の範囲外なのである。ゆえにこの記事は、書評としてはたいへんな的外れだ。まーそういうことですが、いろいろ記憶の奥をかき回され、刺激されて噴出した正直な気持ちを書いたので、記事は消しません。(2017.2.12)

「この世界の片隅に」、内容以外の感想

今年の下半期から非人道的環境で働いており、クッソ忙しくて映画にもなかなか行けない状態なのだけど、そうは言ってもまさか「この世界の片隅に」を観ないわけにもいかぬ。公開初日は無理だったが、公開翌週の平日に観に行った。2回観た。

2009年秋に公開された片渕須直監督の前作「マイマイ新子と千年の魔法」はオレにとって本当に特別で、生涯に数本しか出会えぬ類の映画だった。心を奪われて逆上したオレは当時このダイアリにあれこれ書いたし、上映延長願いの署名活動にも署名したし、延長上映に何度も足を運んだ。片渕監督にご挨拶したりTwitterで絡む機会も一瞬あった。数え切れぬほどの多くのファンと接する監督からすればいちいち覚えちゃいられないくらい小さなことなれど、ファンのおっさんことオレにとっては実に嬉しいものであった。

ゆえに監督の次作「この世界の片隅に」のクラウドファンディングにも参加した。「この世界の片隅に」が傑作になると読みきって出資する、という先見の明がオレにあったわけではない。観てもいない映画を応援するつもりなど全然なかった。あくまで「マイマイ新子」に出会えたことへの感謝、監督へのお賽銭のようなつもりだった。そもそも、映画「この世界の片隅に」が凡作になる可能性だって大いにあると思っていたのだ。なぜなら片渕監督の初監督作品「アリーテ姫」は、まあ、ウン、いいですね。なるほど。はい。という感じで、正直オレには全然ピンとこない映画だったからだ。つまり「マイマイ新子」のみがオレのためだけに神が遣わした奇跡の映画であって他はそうでもなかった、という展開はいかにもありそうに思えたのだ。

だが先日観た「この世界の片隅に」は明らかに「本物」だった。控えめに言っても、今年最高の映画である。小さい公開規模ながら今回はヒットしており、上映館も増えつつある。いやー、こうでないとな。「マイマイ新子」の時なんか誰も知らなかったからな。嬉しい。

それでも今回、オレは落ち着いている。「マイマイ新子」がオレ個人にグッときたのとは違って、「この世界の片隅に」が万人に届く、より成熟した作品だったからかもしれぬ。また、映画が素晴らしいほどに原作の凄さを思い知るという構造になっているためかもしれない。それ自体がたいへんな傑作である原作に対しても、片渕監督は揺るがぬ実力を証明したのだ。ちなみに「マイマイ新子」ではけっこう好き放題にオリジナルやってましたからね。だからオレにとっての特別の中の特別な映画ではなく、「この世界の片隅に」は万人が胸を打たれる立派な、どこに出しても誇らしく、誰にとっても愛らしく、破格の実在感を持った、みんなの特別な映画になった。本当によかったと思うのだ。

「七人の侍」(4Kデジタル上映)

非人道的な環境の職場で働く毎日の中、珍しく休みがとれたので立川に黒澤明の「七人の侍」を観に行った。しばらく前から「午前十時の映画祭」で4Kデジタル上映をやっており、観た人々の反応をtwitterなどで目にしてはいた。何しろキレイでびっくりする、音もいい、三船敏郎のセリフが聞きとれる、左卜全のセリフはやっぱり聞きとれない、などといった人々の感想はおおむね正しく、オレも今回の「七人の侍」の映像の美しさとクリアな音響には圧倒された。

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「映画 聲の形」 きみたちはテリーマンか

現在、短い夏休みを過ごしております。台風や雨ばっかりだけど。

映画『聲の形』Blu-ray 通常版

映画『聲の形』Blu-ray 通常版

  • 発売日: 2017/05/17
  • メディア: Blu-ray

映画 聲の形」を観てきた。映画を観ながら連想したのは原恵一の映画「カラフル」と、現在webで連載中の「キン肉マン」におけるテリーマンだった。近年のテリーマンは「わかりあうために闘う」ことをテーマに掲げており、ジャスティスマンとのイデオロギー闘争においてボロボロの体になりながらも生還を果たした。なぜ「左足を奪われ両腕をもがれても戦うテキサス・ブロンコ」テリーマンを連想したかは、以下の感想に書いた。原作と映画のネタバレがあるので、未見の方は読まないように。とっととブラウザを閉じて、劇場に観に行ってください。

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コミュニケーションの失敗を正すため、たとえ傷ついてもノーガードで何度もぶつかりあう青少年たち。その姿は痛々しくも眩しく、尊いものに見える。(★4)

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ボーキャクとは忘れ去ることなり 「君の名は。」

新海誠監督の最新作「君の名は。」を観てきましたよ。観客には若い子が多くて、総じて好評ムード。泣いちゃってる女の子もたくさんいましたよ。

万人向けとまではいかずとも、若い世代の支持を得るエンターテインメントを新海先生がモノにした一方、劇場に貼られていた「好きになるその瞬間を。 告白実行委員会 劇場版第2弾」のポスターを見て、いま本当にヤバいアニメの最先端はたぶんこっちなんだろうなと思ったりしました。

以下感想、例によってネタバレありなので観てない人は読んじゃダメですぜ。

2人が出会うことを、観客が望んでいた。それがもう答えだろう。 (★4)

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庵野秀明の「シン・ゴジラ」

昨晩、「シン・ゴジラ」観てきました。新宿のTOHOシネマズだったんだけど、上映後に拍手が起こりましたよ。

以下は感想、ネタバレあり。まだ観てない人は絶対に読まないように。

庵野秀明、棒読みで早口な「未来への祈り」  (★4)

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もったいなかった「海にかかる霧」

ブルーレイで2014年の韓国映画「海にかかる霧」。

プロデューサー(の1人)にポン・ジュノ。監督は「殺人の追憶」の脚本をポン・ジュノと書いたシム・ソンボ(初監督作)。脚本は「殺人の追憶」コンビのポン・ジュノとシム・ソンボ。2003年の傑作「殺人の追憶」のスタッフ配置を入れ替えただけみたいな映画だ。当然テイストも似通っているが、「殺人の追憶」よりは落ちる。まー仕方ないんだけど。

展開が予想できず面白かったので、予備知識なしで観るといいですよ。韓国映画の残酷やナマグサや憂鬱なのが苦手な人は避けたほうがいいと思います。以下、なるべくネタバレなし、でもちょっとネタバレな感想。

「船が揺れてない」問題と「漁師最強説」の落日 (★3)

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HAL9000の足元にも及ばぬ「エクス・マキナ」

なかなか映画館に行くヒマがなく、しかし観たい映画だったので輸入ブルーレイを買った。

すぐれた低予算SF映画という評判だったので、ストイックでガチムチなSFを期待していたのだが… ある意味では、オレが大嫌いなナンチャッテSF映画ガタカ』あたりと大差ないのかもしれない。ビジュアルのイメージは完全に空山基だよな。ザ・ヒューマノイド

なにしろエヴァちゃんが魅力的なのだが、それがかえってSFを映画でやることの限界を感じさせる。(★3)

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BL大好き腐女子の冒険 「ぼんとリンちゃん」

マンガ実写化の底抜け映画が目立つ昨今の日本映画なれど、いやいや日本映画にも傑作ありまっせという御意見はあり、わたくしもそりゃそうだろうとは思っている。しかしたとえば近年世評の高い是枝裕和監督なんかは、拷問のような初期作「DISTANCE」を観た当時ボカー激怒したわけで、だから近作の評価がなんぼ高かろうと一切観る気が起きない。「そして父になる」とか「海街diary」とかよさそうですよね、オレだってそれぐらいなんとなく判ります。でも観ない。

興味はあるもののまだ作品を観たことがない監督は何人かいるが、洋画もあるしアニメもあるしでなかなか手が回らない。まあ実写「進撃の巨人」を後編まで観たやつがなに言ってんだという話で、お恥ずかしいばかりなんだけど。

ぼんとリンちゃん DVD通常版

ぼんとリンちゃん DVD通常版

  • 発売日: 2015/06/17
  • メディア: DVD

「ぼんとリンちゃん」は伊集院光のラジオ番組で昨年、ゲストの山本晋也カントクが褒めていたので興味を持った。現代のオタクの生態、その特異な立ち振るまいのリアリティがとても面白いということだったので、すっかり遅くなったがようやく観てみた次第。これがですね、まあ冒頭数分はどうしたもんかと思ったものの、じきに映画のペースに慣れて、観終えてみると意外に… いい映画だったのですね。こんな日本映画もあるんだなーと思えた。DVDの音声レベルが低すぎてセリフが聞き取りづらいのが問題で、テレビのボリューム最大にして観たよ。

映画が作られた2014年の「今」を徹底的に捉えた映画なんだけど、見かけよりも遥かに普遍的な青春映画になっていると思った。客を選ぶ映画だとは思うし、オレだって若い頃に観ていたら腹を立てていたかもしれない。だからあんまりオススメしないけど、まーこんな映画もあったということくらいは知っておいて損はないかと。以下ネタバレ、観てない人は読んじゃダメよ。

わたくしの如きおっさんにとっては遠い記憶となった煩悶が、若者にとっては現在自分を取り囲む世界そのものであること。年代とともに若者は入れ替わり続け、しかしいつの世にも若者は煩悶していること。 (★4)

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夜を這うもの「ナイトクローラー」

ナイトクローラー [Blu-ray]

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BDで「ナイトクローラー」鑑賞。ネタバレありますのでご注意を。

遠い空の向こうに」の夢見る少年ジェイク・ギレンホールが、こんなになっちまって。(★3)

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