匂い

あれは筒井康隆の「夢の木坂分岐点」であったか、主人公が自分の会社のビルの匂いを「のらくろの匂い」であると勝手に思っていて、しばしば同僚に「そうだろ。これはのらくろの匂いだろ」と言うのであるが誰も同意してくれない、というくだりがあった。「のらくろの匂い」とはまた想像力を刺激する命名だが具体的にどういう匂いかはさっぱり判らず、しかしそれはそれとしてこういう感覚は非常によくわかるなあと感動した記憶がある。他人とは共有できないこういうしょうもない記憶や感覚や思い込みを、人はひとりひとりどれほど抱えているのだろうか?

夢の木坂分岐点 (新潮文庫)

夢の木坂分岐点 (新潮文庫)