アクラム・ペールワンの国で 「娘よ」

amazonビデオの有料レンタルで、パキスタン映画「娘よ」。監督・脚本・製作はアフィア・ナサニエルという女性で、初監督作品。内容は公式サイトでも読んでください。

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マッドマックス 怒りのデス・ロード」と酷似した映画が、その前年にパキスタンで作られていたとは興味深い。僅かな瑕疵はあれど、力ある見事な映画だ。(★4)
15歳で強制結婚させられた若き母アララッキに、夫の弟が迫る場面がある。夫の不在をいいことに、弟はアララッキへの横恋慕を露わにして「兄貴が死んだらお前を嫁に」とかなんとか言って彼女の行く手を遮る。アララッキは辛うじてかわして立ち去る。画面で起こっているのはただそれだけのやりとりなんだけど、その背景は常識なのだろうから説明すらない。パキスタンでは男が女を強姦した場合、悪いのは女であってブタ箱入り、最悪死刑になると聞く。アララッキの「所有者」たる兄の存在が、弟を弱腰にさせているに過ぎない。これは見た目よりもずっと深刻な、危うい可能性を孕んだ不穏な場面なのである。この映画に描かれる女性は、そういう世界で生きている。

まーひと口にイスラム教圏といっても国や地域によっていろいろな濃淡があって、日本でボンヤリ生きてるわたくしが不用意にどうこう言えるものではありません。たとえばこの映画で描かれる岩山と砂漠だらけのパキスタンの風景には圧倒されるのだけど、こんな過酷な土地で数千年生きてきた人々がどのような宗教、文化、倫理、世界観を持つに至るのかというのは、日本でボンヤリ生きてるわたくしの想像の埒外にある。イスラムの中心たる中東には、戦闘的・戦術的な諺が多いと聞いたことがある。「敵の敵は味方」とか「敵は信用できるが味方は信用するな」とか。過酷な世界で何千年も部族間闘争やってる人々は、幼い頃からこのような諺を通して世界を眺めて育つわけで、日本でボンヤリ生きてるわたくしとは異質なカルチャークラブなのである。

それでも人間と人間、通じることはある。判ることはある。この映画がまさにそうだし、タミル語映画「ムトゥ」を観た時にも感じたことだ。異文化を生きてる人々を、全然理解できぬとはならない。感情移入できぬとはならない。この映画では伝統や文化が、人の心を傷つけている。そうせざるを得ぬ時代も昔あったのかもしれぬが、携帯電話にトヨタ車もある21世紀のパキスタンでそれってどうなのなんとかならんの、という気分は大都市ラホールに舞台を移す終盤にオレの胸中を支配する。オレも10歳のかわいい娘さんと結婚したい。しかしそんなエロマンガ気分と、現実に権力と制度に基づいて少女に結婚を強制することはまったく違う。違うと誰か言ってくれ。

息詰まる逃避行を描くこの映画の中で、思わず笑った場面がある。トラック運転手が友達のいる村に寄ると、友達はおお〜久しぶり、元気でやってるか。うちの息子も元気やで。神さまのご加護や。まーお茶飲め飲め。タバコ吸うか。メシ食え食え。このイスラムおじさん特有の鬱陶しいほどあたたかい歓待、クソ暑いのにクソ熱いお茶を出して、冷めるまでのんびり時間をかけて雑談してなかなか用件に入らず、メシが出てくるのなんて注文してから1時間後というこの感じ、オレはエジプトに行った2014年に経験している。そうそう、こんな感じだよなと嬉しい気分になった。