「拳聖ジャック・デンプシーの生涯 世界ヘビー級史上最強の男の自叙伝」

仕事がらみで大急ぎで読んだため、大雑把な感想。
傑作ドキュメンタリー映画『史上最強のボクサー ジャック・ジョンソン』を観た時の衝撃には遠く及ばない。
ハングリーな男がものすごい勢いでチャンピオンになって一転、金と欲が渦巻く別世界に飲み込まれ、堕落し、敗れ去るまでのお話。ボクシング、特にギャラがデカいヘビー級の世界では、よくある定型の物語といってもいい。
ハングリーでなければ勝てぬボクシングという競技は、しかし頂点にのぼりつめた途端、とてもじゃないがハングリーでいられなくなる状況に問答無用で囲まれる。まあ近年で言うならば、ドン・キングみたいなやつが四六時中そばにいてやれ札束だ、やれ豪邸だ、やれ高級車だ、やれ美女軍団だとあれこれ世話してきて、お前は最高の男だ最高のチャンピオンだお前の拳は無限に金を生み出すんだとささやき続けるわけで、これで堕落せずにいられる人間は少数であろう。
ボクシングの世界とて興行である。実際に挑戦者の資格がある実力者から順番に挑戦させてたら、大して客なんか入りゃしない。不人気チャンピオンには人気の挑戦者を、黒人には白人を、野獣には色男を、徴兵を回避した王者デンプシーへの挑戦者には戦争の英雄を選ぶ。全部これ、客入りのため。世間の話題をさらい、木戸銭払わせてガッポリ儲けるためである。「アングル」の初歩ですな。そしてそのへんの事情を当たり前のようにさらりさらりと書くデンプシーという男、オレは嫌いになれないな。