飯塚、引退

オレは今のブシロードプロレスにさしたる魅力を感じない昭和の老害なれど、2月21日の後楽園ホールで飯塚高史が引退すると聞き、久々に心にザラザラしたものを感じている。引退興行を観戦する予定はない。

飯塚孝之(旧リングネーム)は、どうにも使えないレスラーだった。けっこう端正な顔つきをしていたので、新日は次代のスター候補生として飯塚にサンボ留学、長州とのタッグ、ドラゴンボンバーズなどチャンスを与え続けたが何をやってもパッとしなかった。1992年、ヨーロッパでの海外遠征から帰国した飯塚は、リング上からスーツ姿で闘魂三銃士への挑戦を宣言した。それだけでは終わらず、当時テレ朝深夜のクソ番組「プレステージ」にゲスト出演していた三銃士に、別場所からの中継で挑戦を申し込んだ。緊張しながらも精一杯凄んでみせた飯塚に対して三銃士は失笑、或いは鼻で笑ったものだ。特に橋本はひどくて「メッチャ緊張してんじゃん」などと笑い転げていた。このへんで飯塚という男が生涯背負う「レスラーとしての格」が決定してしまった感があった。

「まるで木村健吾のようではないか」、当時のオレはそう思った。プロレスに向いてないし、才能もないのにプロレスラーやってる人の象徴が木村健吾だった*1。しかし、木村健吾より飯塚はいくらか顔が良かった。ゆえに、実にもったいない感じがしたのだ。そこでいったいどうすれば飯塚が光れるのか当時のオレは考え、全日移籍しかないという結論に至った。有望な若手だった小橋(当時アジアタッグやってたぐらい)と何度も対戦して全部負ける。そうでもしないと光らないだろうと思ったのだ。しかし同時に、飯塚さんに移籍などという思いきった行動をとる理由も根性もないことは判っていた。

三銃士への挑戦はウヤムヤになった。1995年10.9東京ドームでのUインター対抗戦では、まだ若くヒョロヒョロだった高山善廣にコロリと負けた。以降数十年にわたってファンの記憶に残り続ける大一番で、前途有望な若手に白星を献上する役に回されたのだ。以後、悪夢の如きJ・J・JACKS、山崎隊などを経ても飯塚さんはいっさい化けることなく、順調に窓際おじさんとなっていった。箸にも棒にもかからない汚れ仕事にくすぶりながら、とはいえ燃えあがるような実力には欠けている彼の佇まいに、いつしかオレは認めたくない自分の姿を重ねるようになっていた。この感覚は、木村健吾の時にもあったものだ。彼が自分でどう思ってたかは知らないが、飯塚がリングで見せていたのは腕がないため使われてすり減ってゆく我々大衆の姿だと思った。人生うまくいかないすべての人々の姿だと思った。まー正直言って、金を払って見たいものではない。

2008年のヒールターンは、新日本プロレス暗黒期から好況期への曲がり角にあたる重大な出来事だ。天山と友情タッグ結成からの裏切り、小島の登場に至る展開は、追いこまれた新日本がとうとうゲロったということを誰の目にも明らかにした。新日本プロレスの本質が演劇であり茶番であること。レスラーたちが演者であること。もう二度と強いとかキングオブスポーツとか言わないということ。ホントに強いブロック・レスナーなんか永久に呼ばねえということ。飯塚のヒールターンにまつわる一連の展開は、オレにとって高橋本よりも大きな出来事だった。猪木の格闘技路線に傷つき悲鳴を上げていたプロレスファンの多くが、この方向を支持した。オレは支持できなかった。飯塚が社畜ヒールとして会社の言われるままに仕事をこなせているリングが、人間の本質とは何の関係もない場所であることは明白だったからだ。言葉は台本に書かれた台詞となり、それを噛まずにゆっくり棒読みできるやつが重宝されることになった。棚橋弘至といういち早くゲロったレスラーが以後10年、新日の空虚なサル芝居を牽引することになる。

10年間ひと言も喋らず、やれと言われたヒール像を来る日も来る日も演じてきた飯塚高史。平成の最初から最後までひとつの会社に勤めあげた飯塚が引退することでひとつの時代が終わるのだ、などと書けばそれっぽいのかもしれぬが、オレは全然そうは思わない。木村健吾と飯塚高史が昭和と平成を彩った、パッとしないレスラーの系譜は現代にも脈々と生きている。後藤洋央紀さんがそれである。プロレスがいかに変質しようとも、どうにもパッとしない、いまいち凡庸なレスラーはいつの世にも消えることなく存在する。そして、彼らの仕事を嘆く前にオレは自分の人生を心配するべきだ。だから彼らを見るたび、オレの心はザラザラするのだ。

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かつての飯塚&天山

飯塚高史 「IRON FINGER FROM HELL」 Tシャツ L

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*1:オレは反選手会同盟が好きだったが、木村健吾も好きだったかと聞かれると困る