「乱」

夜明けの仕事場にて、DVDで久々に黒澤明「乱」

極上の映画、この世に存在することがほとんど奇跡に思える映画だ。こんな映画を観てしまうと、今の仕事ぐらいでガタガタしてちゃいかんと思うなあ。反省してしまいます。

父に放逐された三郎と丹後が馬で逃げ、藤巻とその家臣が追う。丘の稜線を逃げる二騎が、崖を前にして止まる。それを大ロングからのパンで捉え、カメラがフィックスすると藤巻の騎馬たちが全馬きれいにフレームインして止まり、馬を下りた藤巻が三郎たちに駆け寄る。こんなんどうやって撮ったんだ。しかもこれ、美しい夕刻の光の中で撮影しているのだ。こんな夕刻の光は1日に1時間もない。それとて晴れていればの話である。これが九州ロケなのだ。いったいこのロケ隊は何ヶ月、九州に滞在していたのだ。ロケ隊、役者たち、馬たち、1日無駄にすれば巨額の金が消えていったのであろう。こんなロケ、想像しただけで死にたくなる。

三の城が焼け落ち、石段を降りてくる狂った秀虎を望遠で捉えたカット。軍勢の旗印の合間、槍の合間、雑兵の間に秀虎が常にビシッと見えており画面構成は完璧である。アニメーションならいざ知らず、こんなカット何をどう計算すれば撮れるのか全然判らない。雑兵の旗や槍の角度まで完璧にコントロールしているのだ。しかもバックの三の城はボーボー燃えているのである。凄すぎる…凄すぎるだろ!

「乱」はいわゆる見世物映画ではない。しかし誰もがビビッてたじろぐ「乱」の無常感、でかすぎるテーマをまったく無視して見世物としての価値だけを考えたとしても、なお「乱」は群を抜いて圧倒的な映画だ。奇跡的なショットの連続である。今の若い人たちはどう思うのだろうか、CGのキング・コングが繰り広げるジャングルファイトの方がお好みなんだろうか? そりゃ好みはそれぞれでいいんだが、どちらが凄いことをやっているかは明白だと思うのだ。或いはきょうびの若者の感覚では、「うわー、これどうやって撮ったんだろう」だの「うわー、これ撮るのどんだけ大変なんだろう」だのと考えながら映画を観ること自体が、もう古いのだろうか?