fiction
小説マンガ映画にアニメ、テレビドラマはほとんど観ないが、わたくしが摂取するフィクションのおよそすべてにおいて気にしているというか、考えてしまうというか、どうにも気になってしまうある基準が自分の中にある。それはここ十数年でだんだんハッキリし…
前回の記事(id:Dersu:20120503)の続き。キャラクターの二次使用は、何もテレビCMに限ったことではない。広告、パチンコ、ちょっとした告知、キャラクター商品、カーナビの声、他にもまだまだあるだろう。どのケースにおいてもきちんとした版権処理がなされ…
先日、キリンビバレッジが新商品「キリンメッツコーラ」のCMに「あしたのジョー」の版権キャラクターを使用した。 キリンビバレッジCM情報・キリンメッツコーラ「矢吹ジョー篇」 「あしたのジョー」はオレにとって大切な大切な、かけがえのない漫画だ。矢吹…
消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡 (競馬王新書)作者: 島田明宏出版社/メーカー: 白夜書房発売日: 2011/04/18メディア: 新書 クリック: 2回この商品を含むブログ (7件) を見る 戦争の中の競馬史。天神乗り時代の天才騎手、前田長吉の…
鋼鉄都市 (ハヤカワ文庫 SF 336)作者: アイザック・アシモフ,福島正実出版社/メーカー: 早川書房発売日: 1979/03メディア: 文庫購入: 7人 クリック: 63回この商品を含むブログ (123件) を見るはだかの太陽 (ハヤカワ文庫 SF 558)作者: アイザック・アシモフ,…
今回は、心当たりのない人にはまったく訳の判らぬ話である。訳が判らんと思った人は速やかにブラウザのタブを閉じて、このブログと僕のことを忘れてください。先日、はじめて「ヨコ出し」こと「ヨコハマ買い出し紀行」というマンガを読みまして。これは多く…
「ひぐらしのなく頃に」は同人ノベルゲームなんだけど、倫理的にまっとうすぎる部分があって、オレはプレイしててそれがちょっと鬱陶しかった記憶がある。 ※ ネタバレなので畳んでおきます
同人ゲーム「ひぐらしのなく頃に」をやった今年の2月はそれなりに忙しかった時期で、面白いなー怖いなーでもなげえなーしんどいなーと思っていた。 最近はヒマなので毎日チビチビ「ひぐらしのなく頃に解」をやっていた。相変わらず膨大なテキスト量なのでし…
ふと思い出したこと。かなり昔のことだが、筒井康隆が小説内に書いた「女中」という言葉を編集者に勝手に差し替えられた、と怒っていたことがあった。差し替わったのは「メイド」だったか「家政婦」だったか「ハウスキーパー」だったか忘れたが、それらは厳…
これも随分前から思っていたことでわざわざ書くまでもない当たり前のことかもしれないのだが、昨夜つけたネーミングが気に入ったので書いておこう。ツッコミどころ満載の非常に乱暴な話になるが御容赦を。 フィクションにおけるヒーロー像は、極論すれば2種…
「ジュール・ヴェルヌ」から続き。 ヴェルヌの小説を映像化した作品は少なくない。勿論オレも全部観てるわけではなく、むしろ観てないものの方が多く、それでもまあ観られるものはなるべく観てきました。 一番多かったのが、前述のカレル・ゼマン「悪魔の発…
「カレル・ゼマン」から続き。 現代において、ヴェルヌの小説が語られているのを目にする機会はそう多くはない。多くはないが、オレはそれを目にしたときに必ずといっていいほど独特の違和感、引っかかり、妙な居心地の悪さを感じるのだ。それは、ヴェルヌを…
先日紀伊国屋書店でノルシュテイン本がたくさんあるのが気持ち悪い、なんて書いたけどあれは嘘である。そんなこと、本当はどうでもいいと思っているのだ。実はあの日、オレはカレル・ゼマンの本(ASIN:4890486879)を見つけて立ち読みしているうちに、気持ち…
いきなり人種差別的なもの言いで心苦しいのだが、オレはフランス人になんとなく偏見を持っている。いや、フランスに行ったこともないし、フランス人と喋ったこともねえんですけどね。あくまでも映画や小説やテレビやなんやかんやの総合的なイメージの話で、…
手塚治虫のマンガ「三つ目がとおる」を読んで感じたのは、久々に生き生きしたキャラクターをマンガで見たなあ、ということだった。この機会に物語の中の「キャラクター」について少々。和登さんの話にはならないよ。 面白いキャラクターは、それだけで客にと…
「印象批評」って言葉は筒井康隆の「文学部唯野教授」で出てきたのでなんとなく知っている。文学を印象だけで批評してちゃどうにもいいかげんだから、文学を批評するためのもうちょいちゃんとした理論を作ろうぜ、そしてその理論に沿って批評しようぜ・・・…
「感情移入で世界を理解する」と書いたのは筒井康隆だった。湾岸戦争当時に書かれたそのエッセイは、イラクに欧米の理屈を押しつけてもいいことはない、イラクの文化風習ものの考え方を学び相手の身になってみないと対話そのものがなりたたない、その鍵は感…
やはりオレはどうしてもこの映画の味方にはなれない。つまり、登場人物を将棋のコマのように扱う映画の味方にはなれないということだ。オレは映画の中の生きた人間と生きた時間を生きたいのであって、将棋のコマが進もうがひっくり返ろうがどうでもいいのだ…