新日本プロレス 3/26 両国

昨日は意識が途絶えて書ききれなかった。勿論、高阪対永田さんの大一番のことである。永田さんは僅か4分で高阪に胴絞めスリーパーを決められ失神。しかし永田さんはスリーパーを喰らいながら高阪の足を極めていた(らしい。スポナビの記述ではよく判らないんだよな)。これ、昔はよく前田対藤原(新生UWF)で見られた攻防ですよ。いやいや、懐かしい。そして美しい攻防である。
さて永田さんを失神させた高阪はマイクを握り、永田が自分の足を壊したこと、壊して負けるとはどういうことかと激昂。それを永田さんは意識朦朧で座ったままぼんやり聞いていたらしい。うーん、永田さん最高だ。
しかしそもそも、当初のオレの読みではこうなる筈だったのである。

永田さん対高阪は激闘の末、永田さんが勝つ。永田さんは顔を腫らして「おまえとの噛みつきあい、楽しかったぜ・・・ヒョードル戦、がんばれや高阪・・・」と呟く。

8日後、高阪がヒョードルと試合するその日、永田さんは所用で目黒区青葉台にある新日事務所を訪れていた。
新日社員「あっ、永田さん。今速報が入りました。高阪選手とヒョードルの試合なんですが」
永田さん「おお、どうなった」
新日社員「それが・・・1ラウンドで・・・」
永田さん「高阪が勝ったのか!」
新日社員「いえ、高阪選手のKO負けです。医師によると再起不能だそうです。セコンドの伊藤博之(ヤングライオン杯準優勝)がコメントしているんですが、それによると「コーサカ選手ハひょーどる選手ニ壊サレタノデハナイ。8日前ノ永田サントノ試合デ、みるこノはいきっくト同ジグライ危険ナ延髄斬リヲ何度モ喰ラッテ、スデニ壊サレテイタノダ。彼ハモウダメダ…」だそうです」
永田さん「高阪…」
それ以来、高阪の姿はマット界から消える。

2006年1月4日、新日の東京ドーム大会。休憩前のタッグマッチで今日もいい汗かいた永田さんは勝ち名乗りを受け、コーナーポストに上がってルーチンワークの敬礼を決めていた。しかし永田さんは、フラフラとエプロンに上がってきた浮浪者を見て愕然とする。
永田さん「ケ、ケロちゃん見てみろ・・・高阪剛だ・・・」
ケロ「そんなバカな・・・この薄汚い浮浪者があの高阪だなんて」
永田さん「高阪だって! なんで高阪がわからねえんだ! と、とにかくこんな高阪をほっておけねえ。控え室へ連れて行こう」

控え室。浮浪者は確かに高阪選手の変わり果てた姿だった。
高阪「ヘーイ永田サン。ワタシトテモ強イネ。ワタシ世界ノTK呼バレタヨ。サア永田サン、ワタシトふぁいとスルネ、ふぁいと、ふぁいと」
永田さん「ああ・・・あの閃光のようだった高阪のTKシザースがこんな・・・こんなになっちまって・・・(涙)」
永田さんは自分のシャツを高阪に着せてやる。しかし高阪はうまくボタンをはめられない。
永田さん「しょうがねえなあ、オレがボタンをはめてやるよ。・・・あれ・・・あれ・・・」
永田さんもボタンをうまくはめられない。

このあと永田さんはヒョードルに負けたミルコにアルティメット・ロワイアルで激勝、PRIDE43あたりで遂にヒョードルとタイトルマッチを迎え、神戸のカタキをさいたまスーパーアリーナで討つことになるのだが、それはまた別の機会にでも。

すみません、プロレスファンは毎日毎日こういうことばっかり考えているのです。