「馬」 奇跡が、フィルムに映っている

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「馬」より、高峰秀子。美しい

馬 (映画) - Wikipedia

奇跡が、フィルムに映っている (★5)


貧しき百姓家族は、円満な一家ではない。言い争い、ぶつかりあい、いがみあう。およそ互いの人格を尊重しあうということがない。ババアも子供もあんまり大事にされてない。ガキは口を開けば腹減った、腹減った。これが凄いリアリティなのだ。苦労ばかりの貧乏人には、家族を思いやる余力など残されていない。


大黒柱たるオヤジを怪我させた、厄介ものの牝馬「花」が出産する。生まれた仔馬が立ち上がろうと、懸命にもがく。それはあまりにも美しく、イノセントな姿だ。無垢な生命の輝きを目撃して、不意に家族の心がひとつになる。老いも若きも全員で、立て、がんばれと無心に願う。夜が明けて、外に出て、朝日に手を合わせる。本当に奇跡の一夜だったのだ。この後またスーッと家族の気持ちは元通りバラバラの通常運転になってゆく。ま、そんなもんだよな。でも一度は奇跡が起こったことを、我々は知っている。


今も昔も、馬は「経済動物」であって愛玩動物ではない。乗用、荷役、農耕、競走、食肉。何かしら役に立つから、人は馬を飼う。この映画では売るために馬を育て、育ったら売る。当たり前だ。それでも命と向かいあった人間の内には、愛情が生まれるのだ。経済動物を経済動物と割りきれず、迷いの中に生きる人間が、オレは好きだ。実際のところは、愛情なしに馬の世話など1日だってやれるものではない。だってすげえウンコするからなあ。


以下余談。この映画の撮影中、主演スター高峰秀子がチーフ助監督の黒澤明に惚れて恋愛関係になった。盛り上がった2人は山本嘉次郎に仲人を頼んだ。困ったヤマカジ先生、「わかったからちょっと待て」と宥め、東宝上層部と相談の上で2人を引き離し破談させたという。


「馬」の撮影は3年かかったが、映画公開の1941年には黒澤31歳、デコちゃん17歳。おいちょっとてめえ黒澤ふざけんなよ! 何してくれてんだこの野郎、ブチ殺すぞ! 「馬」の余韻が台無しだぜ!

黒澤明 DVDコレクション 31号『馬』 [分冊百科]

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  • 発売日: 2019/03/12
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